コラム

酒精強化ワイン「シェリー酒」とカクテルの“ドライで甘い”関係とは

   

シェリーは、スペイン南部のアンダルシア州カディス県ヘレス市で主に生産されている酒精強化ワイン(フォーティファイド・ワイン)だ。そのシェリーを使ったカクテル・コンペティション「ティオ・ペペ・チャレンジ2020」の開催を前に、シェリーについての理解を深めるマスタークラスがホテル・ニューオータニ(東京都千代田区)で開催された。

セミナーでは、世界で最も有名なシェリー酒メーカー「ゴンザレス・ビアス社」のインターナショナル・ブランド・アンバサダー フォー スピリッツのボリス・イヴァン氏が、シェリー酒とカクテルのつながり、そして伝統的な道具であるベネンシアについて講義を行った。

お店でシェリー酒やシェリー酒を使ったカクテルを頼むのが楽しくなる、シェリー酒とカクテルの基礎知識についてまとめていこう。

シェリー酒を使ったカクテルの歴史

シェリー酒とカクテルには長い歴史がある。18世紀~19世紀後半のカクテルの黄金期には、シェリーはバーテンダーのレパートリーに欠かせないものだったという。

最初にシェリー酒が使われたカクテルは、シェリーコブラーだ。ドライシェリーとシュガーシロップとシトラスフルーツが使われている。

ドライシェリーといえばフィノを思い浮かべる人もいるかもしれないが、このレシピが開発された時にはフィノ(酵母の膜と共に熟成させることで酸化を抑えたもの)はまだ輸出されておらず、おそらくオロロソ(酵母の膜ができなくなるまでアルコール度数を上げた状態で酸化させながら熟成させたもの)だったのではないかと考えられている。

シェリー酒を使った有名なカクテルである「アドニス」は、1880年代にニューヨークで500回以上公演される大ヒットとなった同名のミュージカルに敬意を表してつくられたもの。1890年代には横浜グランド・ホテル(当時)で、アドニスをドライにアレンジした「バンブー」が誕生する。

アドニスではドライシェリーとスイートベルモットをミックスするが、バンブーでは、ドライベルモットが使われている。

1920年に禁酒法が施行されるとシェリー酒がアメリカに渡ることはなくなり、禁酒法が廃止された1933年から1960年代にかけては、フレッシュなフルーツジュースを使ったカクテルが流行。酒精強化ワインを使ったカクテルは陰に隠れてしまった。

シェリーベースカクテルの「第二の黄金期」

シェリー酒を使ったカクテルが再び注目を集めるようになったのは、2000年代半ばのことだ。シェリー酒がアメリカとヨーロッパで再び認められたここ10年間は「第二の黄金期」といわれている。

前回の記事「老舗シェリーメーカーのマスター・ブレンダーが語る7種のシェリー」でも紹介したように、シェリー酒にはとてもドライなものから、色も濃くフレーバーのしっかりとしたものまである。バーテンダーにとって、シェリーはチャレンジしがいのある材料といえるだろう。

ベネンシアとカクテルの関係

ベネンシアとは、シェリー酒を樽から取り出して、直接グラスに注ぐための伝統的な道具だ。シェリー酒のテイスティングやサーブの際に使用されている。フックと軸、そして軸先に付いたカップからできており、カップが細長いので、樽の中でワインの上面を覆っている酵母の膜をなるべく壊さずに取り出すことができる。

ベネンシアを使っているのは、ゴンサレス・ビアス社のマスター・ブレンダー、アントニオ・フローレス氏

ベネンシアは、カクテルをつくる技術「スローイング」と同じ効果を生む道具でもある。

スローイングとは、1つの容器からもう1つの容器に液体を注ぐ技術のこと。なるべく高低差をつくるのがポイントだ。高低差があることで、単に混ぜたり冷やしたりするだけではなく、エアレーションを促してアロマを放ち、口当たりを繊細にする効果もある。さらにパフォーマンスとして見ても楽しく、バーテンダーにとってはシェイクより体に負担がかからないというメリットもある。

スローイングの歴史

スローイングの技術が最初に使われたのは中国で、13世紀の宋朝時代に紹興酒で用いられたといわれている。

17世紀に入ると、スペイン王国のバスク地方でシードルをスローイングでサーブしたという記録がある。バスク地方のシードルは酸が強くて泡が少ないという特徴があり、高い位置から小さなグラスに注ぐことで気泡をつくり、豊かな味わいを出したという。

スローイング技術がカクテルで最初に使われたのは、1849年のアメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコといわれる。スローイングの有名店といえば、スペインのバルセロナで1933年に創業したカクテルバー「Boadas」。現在も続くこのバーでは、スローイングのみを使ってカクテルを提供している。

ベネンシアの歴史

ベネンシアの起源は古代までさかのぼることができる。ウィーンの美術史博物館に展示されている陶器には、ベネンシアと非常に良く似たものが描かれている。歴史家によると展示物は紀元前490年頃のもので、ギリシャ神話に登場するアキレスにワインを注ぐところを描いたものだという。

ベネンシアという名はスペインの伝統的な単語で「合意」を意味する「avenencia(アベンシア)」に由来する。ワインを売買するときに、ベネンシアで注がれたサンプルを買い手が飲んで、合意してから購入していたことを思い起こさせる名前だ。

シェリー酒の産地として有名なヘレス市には、ワイナリーの内外でシェリー酒の「顔」となる「ベネンシアドール」という職業がある。ベネンシアを使ってシェリー酒を提供する商人が、長い年月を経て、見事な手際でベネンシアを扱うアーティストとして認められるようになった。

シェリー酒を使ったカクテルの国際コンペティションも

世界各国のプロのバーテンダーが競う「ティオ・ペペ チャレンジ」。これはベネンシアを使った実技、そしてシェリー酒を用いた創作カクテルで競い合う世界大会だ。

●ティオ・ペペ チャレンジ2019年

2020年は、残念ながら新型コロナウイルス感染拡大の状況を受け3月に予定されていた日本大会の開催は延期となったが、5月に予定されていた世界大会も延期になることが決定。世界大会の代替開催日程は2020年10月1日か2日の開催を予定している。ただし、国内大会の開催時期や、延期となる世界大会への日本代表者の派遣については現時点で未定となっている。

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About the author /  鵜沢 シズカ
鵜沢 シズカ

J.S.A.ワインエキスパート。米フロリダ州で日本酒の販売に携わっている間に、浮気心で手を出したワインに魅了される。英語や販売・営業経験を活かしながら、ワインの魅力を伝えられたら幸せ