コラム

3ワイナリーが語る“マスカット・ベーリーA”の魅力 ~岩の原葡萄園 創業130周年記念トークLIVE

“日本のワインぶどうの父”と呼ばれる、川上善兵衛。彼の生み出したマスカット・ベーリーAは現在、各地のワイナリーで栽培され、日本を代表するぶどう品種となっている。

その善兵衛の創業した「岩の原葡萄園」が、今年で130周年を迎える。それを記念して、2020年5月30日にオンライントークLIVE「岩の原葡萄園/登美の丘/塩尻 3ワイナリーの造り手が語る“マスカット・ベーリーA”の魅力について」が配信された。

トークLIVEには、岩の原葡萄園で製造部技師長を務める上野翔氏と、「サントリー登美の丘ワイナリー」栽培技師長の大山弘平氏、「サントリー塩尻ワイナリー」所長の篠田健太郎氏が参加。司会進行は、岩の原葡萄園の広報担当、今井圭介氏が務めた。

日本の風土に合ったぶどうづくりに心血を注いだ、川上善兵衛。トークLIVEでは、その人生と、彼が生み出したマスカット・ベーリーAの魅力について、各ワイナリーが産するワインとともに語られた。

川上善兵衛とマスカット・ベーリーA

“日本のワインぶどうの父”川上善兵衛

川上善兵衛は1868年、大地主の跡継ぎとして、現在の新潟県上越市に生まれた。14歳で江戸に出た善兵衛は、川上家と親交のあった勝海舟のもとをよく訪れるようになる。海舟から海外のぶどうやワインについて話を聞いた経験は、善兵衛のその後の人生に大きく影響を与えることとなった。

1890年、善兵衛は地元の農民たちを救済するための新しい産業として、ぶどう栽培とワインづくりを始めた。この時に創業されたのが、岩の原葡萄園だ。その後、善兵衛は30年以上にわたって欧米系のぶどう品種を栽培したが、雨や雪が多い上越での栽培は困難を極めた。

そこで、善兵衛は日本の風土に合ったぶどうを生み出そうと決意する。1922年、これまでの経験をもとに、メンデルの法則を応用して品種改良を開始。5年をかけて生み出したのが、マスカット・ベーリーAだ。

鳥井信治郎との出会い

品種改良に多額の財産を投じたことで、岩の原葡萄園の経営は厳しくなっていった。その危機を救ったのが、寿屋(現・サントリーホールディングス)の創業者である鳥井信治郎だ。

善兵衛が経営難で困窮していたちょうどその頃、信治郎は寿屋の人気商品である赤玉ポートワインの原料国産化について相談するため、発酵学の権威・坂口謹一郎博士のもとを訪れていた。坂口博士は信治郎に「日本の風土に合ったぶどうが必要」とアドバイスし、善兵衛を紹介。志を同じくする善兵衛と信治郎は意気投合し、信治郎が岩の原葡萄園の経営を援助することになった。

その後、2人は“ワインの理想郷”を求めて山梨県の登美農園を再開発し、登美の丘ワイナリーを開設。さらに寿屋が長野県の塩尻平野に塩尻ワイナリーを開いた。この時、塩尻のぶどう生産者と強いつながりのあった善兵衛が、寿屋と生産者との間を取り持ったという。

こうして、日本ワインのぶどうに関わる人々の縁が広がり、マスカット・ベーリーAは日本各地でつくられるようになっていった。

3ワイナリーが語る、マスカット・ベーリーAの魅力

マスカット・ベーリーAは、柔らかな味わいと華やかな香りが特徴のぶどうだ。しかし、ぶどうの樹齢や気候、管理方法によって、ぶどうの品質が異なってくるため、同じマスカット・ベーリーAのワインであっても、ワインごとにさまざまな特徴が現れる。例えば、収穫の時期が遅いほど、ぶどうの香りは強くなり、逆に収穫の時期が早ければ茎のような香りが感じられる。マスカット・ベーリーAは、このような違いが特に現れやすい品種だという。

トークLIVEでは、マスカット・ベーリーAを使ったワインを飲み比べながら、3氏が各ワイナリーの特色やおすすめのマリアージュについて語ってくれた。

岩の原葡萄園:歴史が息づくワイナリー

岩の原葡萄園は、新潟県の頸城(くびき)平野(高田平野)に位置する。約6haのぶどう園を見渡すと、ぶどう棚が通常より高くつくられていることが分かる。これは雪深い上越の環境に合わせた、雪害を避けるための工夫だ。

創業130周年を迎えた岩の原葡萄園には、ぶどう栽培の歴史が息づいている。ここで善兵衛は数え切れないほどの品種改良を重ね、マスカット・ベーリーAを生み出した。生涯で試みた品種改良は、1万回を超えると言われる。岩の原葡萄園の中にある川上善兵衛資料室では、数々の資料から、ぶどうづくりにまい進する善兵衛の情熱の大きさをうかがい知ることができる。

また、1895年に醸造所としてつくられた第1号石蔵は、日本ワインの歴史を語る上で重要な建物として、国の登録有形文化財に指定されている。当時はぶどうの発酵温度の調整に苦労し、完成したワインが酸っぱくなってしまったという話も伝わる。多くの困難に立ち向かいながら、日本ワインのためのぶどうを生み出した善兵衛の熱意は、現代のつくり手たちに受け継がれている。

■「有機栽培ぶどう100%使用 マスカット・ベーリーA 2017」
岩の原葡萄園の「有機栽培ぶどう100%使用 マスカット・ベーリーA 2017」は、柔らかな味わいと複雑な余韻を楽しめるワインだ。雪深いイメージを持たれがちな上越だが、同園の上野氏によると、夏場は40℃を超えることもあるという。この夏の暑さによってぶどうの酸が減り、ふくらみのある柔らかな味わいのワインに仕上がる。

このワインは、ただ柔らかいだけではなく、塩味(ミネラル)やいろいろな果実の味が混ざり合い、余韻が長く残る。テイスティングした登美の丘ワイナリーの大山氏は、「良い意味で素直でない、複雑な余韻がある」と表現していた。複雑な風味は、開栓直後よりも20~30分ほど経ってからの方が強く感じられるという。とっておきのグラスと落ち着ける環境を用意して、ゆったりと楽しみたい。

まろやかな味わいなので、どんな料理とも合うが、とりわけ甘辛い味付けのものにマッチする。すき焼きやブリの照り焼き、同じ新潟の名産であるノドグロと一緒に楽しむのもおすすめだ。

サントリー登美の丘ワイナリー:山々の恵みが育むぶどう

サントリー登美の丘ワイナリーは、周囲を山々に囲まれた自然豊かなワイナリーだ。この環境が、ワイナリーのぶどうづくりに生かされてきた。

ワイナリーの南には富士山が、西には南アルプスの山々がそびえる。これらの山々が、南西から来る台風の被害を抑えてくれる。また、収穫期には山によって西日が遮られ、夜の気温が下がりやすくなる。これはぶどうの成熟度を増すことにつながる。さらに、北西に八ヶ岳があるため、風が南東へと抜けていく。風通しが良いと、ぶどうが病気にかかりにくくなるという。北に見える黒富士は、大昔に噴火した時の火砕流堆積物などでできた山で、この火山性の土壌が、登美の丘ワイナリーの土台となっている。

■「ブラック・クイーン&マスカット・ベーリーA 2018」
「ブラック・クイーン&マスカット・ベーリーA 2018」は、ブラック・クイーンが57%、マスカット・ベーリーAが43%でブレンドされている。

ブラック・クイーンはタンニンを多く含み、酸味が強いぶどうだ。マスカット・ベーリーAの柔らかな風味にブラック・クイーンの力強い酸味が加わることで、味に輪郭が生まれる。さらにマスカット・ベーリーAの華やかな香りとブラック・クイーンのスパイシーな香りが絡み合って、複雑な香りを楽しめるのもこのワインの特徴だ。

酸味の強いブラック・クイーンの味わいは、動物性の脂とマッチするので、豚の角煮や酢豚などとの相性が良い。また、ブラック・クイーンのスパイシーな香りに合う、パセリやバジルが入っているソーセージなどで手軽にマリアージュを楽しむこともできる。

サントリー塩尻ワイナリー:ミズナラの香りとともに

サントリー塩尻ワイナリーは、ワイン用ぶどうの栽培に適した長野県塩尻市桔梗ヶ原地区に位置する。トークLIVEに参加した3ワイナリーを比較すると、塩尻ワイナリーは最も気温が低く、雨が少ない。そのため糖度が高く、色の濃いぶどうが実る。

また、ワインの香りにこだわっており、ミズナラの樽で熟成させた「塩尻マスカット・ベーリーA ミズナラ樽熟成」などを提供している。ミズナラが持つ、白檀のようなオリエンタルな香りにマスカット・ベーリーAの華やかな香りが合わさることで、独自の香り豊かなワインが生まれるのだという。
 
■「塩尻マスカット・ベーリーA 2017」
「塩尻マスカット・ベーリーA 2017」は、標高が高く、昼夜の寒暖差が大きい塩尻で育てたマスカット・ベーリーAを使用している。

塩尻ワイナリーの篠田氏は、マスカット・ベーリーAを「キイチゴやクランベリー、ラズベリーなど赤い果実の香りを持ったぶどう」と表現する。その香りを最大限引き出すため、熟成に新樽はほとんど使っていない。また、通常の赤ワインづくりではぶどうの茎を取ってから発酵させるが、塩尻ワイナリーではあえて茎を取らずに房ごと発酵させる手法も用いている。そうすることで、マスカット・ベーリーAの香りのポテンシャルを引き出すことができるのだという。

ただ、2017年は収穫期が雨続きだったため、マスカット・ベーリーAの香りがピークに達する前に収穫することに。結果として、果実味にシナモンのようなスパイシーな風味が加わった。グラスを近づけると、まず甘い果実の香りが感じられ、口に含むとスパイシーな香りが立つ。そして最後に、さりげなく樽の香りが混じる――そんなストーリー性のあるワインに仕上がった。

「塩尻マスカット・ベーリーA 2017」は、日本人が日常的に食べるような献立によく合うという。根菜の煮物やカツオのたたき、白身魚のフライなどがおすすめ。さらに脂を流す効果のある酸が含まれるため、こってりした料理とも合わせやすい。長野の名産、脂ののった信州サーモンとも相性抜群だ。

ワインづくりの未来

最後に、3氏がこれからのワインづくりについて、意気込みを語ってくれた。

ワインづくりをめぐる環境は、この10年で大きく変わった。顕著なのは、地球温暖化の影響だ。温暖化によって、ぶどうの酸が落ちてしまうことが懸念されるため、その年の気候に応じて、味を整えていく努力が求められる。一方で、より熟したぶどうを収穫できるという点では、温暖化は良い影響をもたらすとも言える。こういった環境変化を踏まえながら、マスカット・ベーリーAの魅力を最大限に感じられるようなワインをつくっていきたいという。

また、彼らは世界にも目を向けている。善兵衛がかつて日本人に合う赤ワインを目指して生み出したマスカット・ベーリーAは、2013年にOIV(国際ぶどう・ぶどう酒機構)への品種登録が承認された。品種としては世界で認められたが、マスカット・ベーリーAでつくる日本ワインが世界の土俵で戦っていくためには、さらなる成長が必要だという。目指すのは、繊細さや柔らかさといったマスカット・ベーリーAの特性を生かしつつ、ぶどう本来の力強さを備えたワイン。そう語る彼らの表情は、明るく時に真剣で、日本ワインを応援したくなるようなトークLIVEだった。

<関連リンク>
岩の原葡萄園/登美の丘/塩尻 3ワイナリーの造り手が語る“マスカット・ベーリーA”の魅力について

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