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フランスやイタリアなど、さまざまな国で魅力的なワインがつくられている中、日本で最も多く輸入されているワインはチリワインとなっている。2015年以降、4年連続でチリワインが年間輸入数量第1位だ。
日本でこれだけチリワインが人気になっているのには、どんな理由があるのだろうか。サントリーワインインターナショナル(株)でチリワインを担当する中川慎太郎氏と、南北アメリカ・ソムリエコンクールに日本人でありながらチリ代表として出場した実績もある稲岡美里氏にお話を伺った。
稲岡美里(いなおか みさと)
2013年よりチリ・サンティアゴに在住し、チリの数多くのワイナリーを訪問。2015年には、日本人初となる、チリソムリエ協会認定ソムリエとなり、2018年南北アメリカ・ソムリエコンクールでは、チリの代表として出場した。チリのワイナリー巡り・旅行・美味しいレストラン探しをこよなく愛し、南米チリより、チリワインの魅力やグルメ、またエキゾチックな文化を紹介。
現在は帰国し、チリワインの奥深い魅力を発信する活動を実施している。
チリワインが人気の理由 ~ ワイン・ぶどうの分かりやすさ、安旨で優れたコスパ
中川氏や稲岡氏によると、フランスやイタリアなどのワイン生産国と比べ、チリでつくられるワインには次のような特徴があるという。
ワインづくりに適した気候条件。寒暖差や朝霧がアクセントに
チリはアンデス山脈とフンボルト海流の影響を大きく受ける地形だ。暖かく比較的安定した地中海性気候の地域が主に広がる。日中の日照時間は長く、灌漑が必要なほど降雨量が少ない。この乾いた空気がぶどうを病害から守り、安定した品質のチリワインを生産可能にしている。
日中の気温は安定的な一方で、特に山間部では昼夜の寒暖差がとても大きい。海沿いには朝霧の発生する場所もある。こうした寒暖差や朝霧といった気候の特徴が良質な酸を生み出し、チリワインにエレガントさを与えている。
単一ぶどう品種で個性が分かりやすい「ヴァラエタル」
ヨーロッパのワインは複数のぶどう品種をブレンドしてつくるものが多いが、チリワインのほとんどは「ヴァラエタル」と呼ばれる単一のぶどう品種からつくられたワインだ。
南極海から流れてくるフンボルト海流の影響を受ける海沿いのD.O.レイダ・ヴァレーなどのエリアでは、冷涼な気候を生かしてピノ・ノワールやシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなどの品種が栽培されている。
一方、南部のD.O.コルチャグア・ヴァレーや少し内陸に入ったD.O.カチャポアル・ヴァレーなどのエリアでは、日中の気温が上がるため、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、カルメネールなどの品種が栽培されている。
それぞれのぶどう品種に適した気候で育てていくことで、ぶどう品種それぞれの味わいの特徴がさらに引き出され、チリワインの魅力を高めている。
分かりやすいおいしさ
ネットアンケート調査によると、チリワインと比べた場合、フランスワインにはより強く「複雑味のある」「繊細な」などの味わいを志向する傾向があった。
それに対してチリワインでは、「濃厚な」「力強い」「フルーティーな」「芳醇な」など、分かりやすい味わいが求められているという。
また別のワイン消費者インタビューからは、欧州ワインに対しては「食事との合わせ方が難しい」「おいしいワインが選べるか不安」といった印象があるが、チリワインは「ワイン選びに安心感がある」「食事と気軽に合わせやすい」といったところが支持される理由となっていることが明らかになった。
高品質でコスパが良い
チリワインには「安くておいしい」というイメージを持つ方が多いと思う。チリワインが安い理由の1つは、日本とチリの二国間におけるEPA(経済連携協定)が発効しているためだ。
このEPAにより関税が段階的に下げられており、2019年4月にはついに関税が0%に。チリワインが好きな方は、価格面でさらなるメリットを受けられそうだ。
チリワインの歴史 ~ 16世紀半ばから始まる歴史の古い“ニュー”ワールド
ヨーロッパの国々はワインづくりの歴史が長く、「オールドワールド」と呼ばれている。
それに対してチリなどのワイン新興国は「ニューワールド」と呼ばれるのだが、ニューワールドの中でもチリではかなり早い時期からワインがつくられていた。16世紀半ばにスペインの征服者がチリに踏み入るが、その際、一緒にチリに渡った宣教師たちがぶどうの栽培を始め、ワインをつくり始めたのだ。
それだけ早くからワインがつくられるようになった理由は、キリスト教のミサでキリストの血のかわりにワインが必要になるからだ。当時、栽培されたぶどう品種はパイス。スペインなどで大量生産するワイン用に広く栽培されていた品種だ。
19世紀になると、チリでも本格的な商業ワインづくりが始まる。きっかけは、実業家のシルベストーレ・オチャガビア氏がボルドーからヨーロッパ系ぶどう品種をチリに持ち込んだことだ。
その後、19世紀後半にはフランスをはじめとするヨーロッパにおいて、フィロキセラによってぶどう畑が壊滅的な状態に追い込まれた。しかしチリは、ヨーロッパから離れた環境が幸いして害を逃れ、当時持ち込まれたぶどう品種が今も多く残ることとなった。100年を超える古木も多く現存している。
フィロキセラの害を逃れたぶどう品種の中でも、チリワインを語る上で特筆すべきは「カルメネール」だ。ルーツであるフランスではほとんど栽培されていないが、チリでは今も広く栽培され、チリワインを特徴づけるぶどう品種の1つとなった。カルメネールは長年にわたり「このぶどう品種はメルローだろう」と勘違いされていたが、1994年にDNA鑑定によって実はメルローとは別品種だったことが判明した。
チリワインは20世紀に入ると、1938年の新アルコール法の施行や第2次世界大戦の影響などで、生産量が減った時期もあった。しかし、チリワインの可能性を求めてヨーロッパから醸造家が渡り、次第に高品質なワインもつくられるようになっていった。
国の保護の下でワインの研究は進み、最新鋭の技術を導入するなどの工夫をすることで生産量も拡大。今ではワイン産業はチリの基幹産業の1つになり、チリの名産品として世界的にも認知されるようになった。
チリ人とチリワイン 〜 ワインのある日常
チリ人はお酒が大好きで、スーパーの酒販エリアの棚には多くのワインが並んでいる。
中でもカベルネ・ソーヴィニヨンやカルメネールはたくさんの種類があり、国内で売られるワインのほとんどがチリ産だ。
チリでは、毎週末に「アサード」と呼ばれるBBQをする習慣があり、家族や友人同士で集まりパーティーをする。このアサードには、炭火で豪快に焼く肉と赤ワイン、そしてマスカット・オブ・アレキサンドリアでつくる蒸留酒「ピスコ」が欠かせない。
また、食文化の中にはシーフードも多く、シャルドネなどの白ワインや、軽めのピノ・ノワールなどが好んで合わせられるという。
そうしたカジュアルな場でワインを飲む機会が多いことから、チリワインは食事と気軽に合わせやすくなり、日本でも人気が広まってきているのかもしれない。