2019年10月9日、南アフリカのワインを紹介するテイスティングイベント「ディスカバー・サウスアフリカ(Discover South Africa) 東京 2019 」(南アフリカワイン協会主催)が開催された。
イベントでは、テイスティングの他に、マスター・オブ・ワイン(世界最高峰のワインの知見を持つ者に与えられる呼称)のキャシー・ヴァン・ジル氏が講師を務めるマスタークラスも実施。「Cool Elgin & Elegant Hemel en Aarde」と題して行われた公演の内容を、南アフリカワインの概要とともに紹介する。
南アフリカワインの歴史
南アフリカは、ヨーロッパを除いて最も歴史の古いワイン産地の1つだ。珍しいことに、最初にワインづくりに成功した日まで判明している。ケープタウンに入植したオランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベック初代総督の1659年2月2日の日記には、「初めてワインをつくることができた。神に感謝したい」という内容の記述がある。当時は、ミュスカデルやその他複数のぶどうが栽培されていた。
その後、紆余曲折を経ながらも南アフリカのワインづくりは続いていたが、1994年にネルソン・マンデラ氏が大統領に就任すると、ワイン市場も海外に向けて解放された。1997年には、それまでワインづくりの骨幹を担っていたKWV(南アフリカぶどう栽培者協同組合)が民営化され、市場に競争原理が働くようになった。
また、1994年以降、人の動きも活発になり、ヨーロッパやアメリカの高度な生産技術を学びに多くの醸造家が海を渡った。結果としてワイン業界は急速に近代化が進み、国際的な競争力を持つ高品質なワインも多くつくられるようになった。
栽培するぶどう品種について厳しく規定していた原産地呼称制度(WO)も緩められ、ボーダーラインを超えてさまざまな品種がつくられるようになり、ワインの可能性が広がった。存在を忘れ去られていた古樹も多く発見され、今でも現役でぶどうを実らせている。
南アフリカワインの現況
2018年現在、南アフリカでは年間9億5400万Lのワインが醸造され、そのうち4割強が海外へ輸出されている。輸出先はイギリス、ドイツ、フランス、デンマークなどヨーロッパが多いが、これは地理的に近いという理由が大きい。
ぶどう農家は3000軒弱、セラーと呼ばれるぶどう農家兼醸造者は468軒。そのうちの222軒は小規模生産者だが、彼らは挑戦的な精神を持ち、新たな試みに積極的に取り組んでいる。
白ぶどうで生産量の最も多い品種は、シュナン・ブランだ。ゆえに、白の辛口ワインはシュナン・ブランが主力となっている。次いで多いのは、ブランデーに使われるコロンバール。この他に、甘口ワインに多く使われるモスカテル、マスカット・オブ・アレキサンドリアなども栽培されている。
黒ぶどうで最も多い品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンだ。日照量のある南アフリカに適した品種といえよう。次いで、シラー、ピノ・タージュ、メルローなどが多く栽培されている。
冷涼な産地がつくり出す、南アフリカワインの新潮流
従来、南アフリカワインの特徴といえば、ボリューミーで果実味にあふれたワイン、というものだった。主力産地であるステレンボッシュやパールといった「コースタル・リージョン」地域は、日照量が多く暖かいところが多いためだ。
しかし、今注目されているのは、「ケープ・サウス・コースト」と呼ばれるケープタウンの南に広がる地域だ。南極から吹き抜ける冷風が冷涼な気候をつくり出し、酸味の美しい高品質なワインを産出している。ビーチで海水に足を入れると凍りそうな冷たさ、なんと水温は5℃前後しかない。
中でも注目したいのが、エルギン地区と、ウォーカー・ベイ地区にあるヘメル・アン・アールデだ。これらの産地は、ぶどうの生育期間が他と比べて4~6週間遅い。また、比較的雨が多く降るため、かんがいの必要がないのが特徴だ。
南アフリカワインを飲み比べ
そうした今注目の地域でつくられたワインを、他の地域でつくられたワインと飲み比べてみたい。なお、今回試飲したワインは、どれも希望小売価格5000円以上という、ミドル~上級クラスのものばかりだ。
シャルドネ比較
①レストレス・リヴァー エヴァ・マリー シャルドネ(へメル・アン・アールデ)
②セヴン・フラッグス ポール・クルーヴァー シャルドネ(エルギン)
③ラッドフォード・デール シャルドネ(ステレンボッシュ)
最も暖かな産地のステレンボッシュでつくられた③は、リッチで豊かな印象。対して、最も冷涼な産地のエルギンでつくられた②は、デリケートさ、フレッシュさに加え、長い生育期間でないと感じられない独特の香気が感じられる。①にも同様の香気が感じられるが、②ほどの繊細さではなく、力強さも十分に感じられる。
ピノ・ノワール比較
④ストーム・フレダ ピノ・ノワール(へメル・アン・アールデ・バレー)
⑤アタラクシア ピノ・ノワール(アッパー・へメル・アン・アールデ)
⑥クリスタルム キュヴェ・シネマ ピノ・ノワール(へメル・アン・アールデ・リッジ)
同じへメル・アン・アールデだが、「バレー」「アッパー・バレー」「リッジ」というそれぞれ異なるテロワールを持つ区画で栽培したぶどうを使用。その特徴が色濃く出ている3本のワインだ。
まず、④のワインは伝統的なスタイルでつくられており、冷涼な気候も手伝って繊細な印象。樽の香りも良いバランスだ。時間とともに味が開いてきて、ミネラリティも感じられる。⑤は飲みやすく、親しみのある味わいだ。フルーティーな香りと優しい口当たりを特徴とする。⑥はこの中では最も冷涼な地域でつくられており、それゆえに酸味の美しさが際立つ。土壌のバランスの良さがワインによく反映され、繊細ながらも調和の取れた味わいだ。
シラー比較
⑦クローナル・セレクション リチャード・カーショウ シラー(エルギン)
⑧アイアン マリヌー シラー(スワートランド)
温暖なコースタル・リージョン内の産地、スワートランドを代表するワイナリー「マリヌー」のシラーと、冷涼なエルジンで栽培されたシラーとの比較だ。
⑧はタイトでパワフルな味わいで、温暖な地域で育てられたシラーの典型ともいえる。鉄のような、血のようなニュアンスとハーバルなアロマが特徴的。全体として甘くはなく、深みのある味わいだ。⑦のシラーは、⑧のようなハーバルなアロマはあるが、もっとスマートでエレガントな印象。⑧よりもぶどうの生育期間が5週も長く、それゆえに果実感は豊かだった。
今までのパワフルでジューシーな南アフリカワインの印象とは180度異なり、ケープ・サウス・コーストのワインはどれも洗練された繊細な味わいだった。同時にその品質の高さに驚かされた。機会があれば、南アフリカのワインをぜひ飲み比べてみてほしい。きっと新鮮な発見があるはずだ。