コラム

サンタ・リタ・ヒルズを世界的なワイン産地に押し上げた立役者「ブリュワー・クリフトン」 ~Inside California Winemaking

カリフォルニアワイン協会(CWI)は、アジア市場を意識したウェビナーシリーズ「Inside California Winemaking ~カリフォルニアのワイン造り、その内側~」を2020年5月下旬より隔週で実施している。

ホストを務めるイレイン・チューカン・ブラウン氏は、ワインライターやワインエデュケーターとして活動しており、2019年にワイン・インダストリー・ネットワークが選んだ「ワイン業界で最も影響力のある9人」のうちの1人だ。さらに、2019年と2020年の2年連続で、インターナショナル・ワイン&スピリッツコンペティション(IWSC)による「年間最優秀ワイン・コミュニケーター」の最終候補者にも選出されている。

ブリュワー・クリフトンとは

2020年7月9日に開催されたウェビナーシリーズ第4回目(最終回)のゲストは、「ブリュワー・クリフトン」創業者の1人であり、ワインメーカーのグレッグ・ブリュワー氏だ。

ブリュワー・クリフトンは、カリフォルニア州サンタ・バーバラ郡サンタ・リタ・ヒルズで、テロワールを生かしたワインづくりに取り組んでいる。その成り立ちは、1995年にブリュワー氏とスティーブ・クリフトン氏が出会ったことに始まる。

意気投合した2人はワイナリー設立を目指し、必要な資金を貯めたり、ぶどうの仕入れ先を探すなど活動を開始した。1996年には、ブリュワー氏がアシスタントワインメーカーを務めていたサンタ・バーバラ・ワイナリーで、最初のワインをつくっている。

テロワールを生かしたワインづくりの特徴

ブリュワー・クリフトンの特徴の1つが、ピノ・ノワール種のぶどうの房を丸ごと発酵させる全房発酵だ。一般的な赤ワインのつくり方としては、発酵の前にぶどうの房から茎の部分を取り除く「除梗」が行われるが、全房発酵では、ぶどうは茎ごと発酵される。

ぶどうの生育期間が長く、安定した気候であるサンタ・リタ・ヒルズでは、全房発酵に適したぶどうが収穫できる。また、ブリュワー氏は、全房発酵によってテロワールを表現することができると考えているそうだ。

ただし、茎の持つグリーンな風味が果実を凌駕してしまわないように、生育や収穫に手を掛ける必要がある。例えば、生育期の早いうちに、果実にかかる葉は全て取り除いてしまう。そうすることで、日光、特に朝日が果実に浸透しやすくなり、風が通ることで、果実とともに茎の成熟が促されるそうだ。収穫では、茎を切る際に切り口がぎざぎざにならないよう、「寿司屋が魚を下ろすように」鋭利な刃でやさしく1回だけ切るのが理想的だという。収穫後は、茎の切り口が乾くよう、0℃ほどの冷蔵室で一晩冷やしてから発酵機に入れられる。

全房発酵について、「茎は香りにスパイスやお茶のような風味を与え、全房発酵をすることで、ピノ・ノワールの個性や私たちの産地であるサンタ・リタ・ヒルズを表現することが可能になる」と、ブリュワー氏は説明している。

グレッグ・ブリュワー氏の経歴

1991年にサンタ・バーバラ・ワイナリーでワインづくりを学ぶ前は、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校でフランス語の講師をしていたという異色の経歴を持つブリュワー氏。

1997~2015年までは、メルヴィル(Melville Vineyards & Winery)のワインメーカーを務めている。シャトー・イガイタカハの「漢字ワイン」シリーズ、シャルドネ専門ブランドであるダイアトムもブリュワー氏が手掛けている。現在、設立者の1人であるクリフトン氏は、ブリュワー・クリフトンからは離れている。

2020年には、アメリカのワイン誌『Wine Enthusiast』の「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」に選出された。

注目の産地サンタ・リタ・ヒルズとは

ブリュワー氏のワインについて知るには、サンタ・バーバラ郡サンタ・リタ・ヒルズがどんな地域なのかを知る必要があるだろう。

以下の地図画像内で、四角で囲まれている場所がサンタ・バーバラ郡だ。

緑色で示されたセントラルコーストエリアの一番南に、サンタ・バーバラ郡は位置している。サンタ・バーバラ郡は西側から南側にかけて海に面しているが、サンタ・リタ・ヒルズはなだらかな丘陵地帯のため、北から流れてくる寒流の影響を受け、霧が発生して午後には冷たい風が吹くエリアとなっている。

次の画像は、サンタ・バーバラ郡をクローズアップした地形図だ。

サンタ・バーバラ郡の特徴は、地殻変動によって山脈が南北ではなく東西に走っていることだ。海からの冷たい空気は、ストローのように山脈の間を勢いよく走って内陸に吹き込んでいく。

地形図下部の白い線で囲まれているエリアがサンタ・リタ・ヒルズであり、ブリュワー氏の自社畑であるMachado(マカド)、Hapgood(ハプグッド)、Perilune(ペリルーン)、3Dの4つのヴィンヤードは、風の通り道にあることが分かる。

内陸の熱い空気はサンタ・バーバラ郡の東側を走る山脈が遮断するうえ、寒流が流れ込む海の影響を強く受けるので、サンタ・リタ・ヒルズは冷涼な気候だ。頻繁に発生する冷たい霧と、午後に吹く冷風の影響を受け、ぶどうはゆっくりと生育していく。ぶどうの生育期間は北米で最も長い地域の1つだ。長い生育期間が、重さとは違う奥深い味わいを生み出している。

土壌も同様に海の影響を受けており、海の影響を感じさせるワインができる。また、安定した気候も特徴だという。

畑の雰囲気が分かる写真がこちらだ。

この広々とした畑を、冷たい風が流れていくそうだ。

ブリュワー氏は「この4つのヴィンヤードで、私たちのワインに必要なものが全てまかなえている。技術というものは大切だが、最も大切なのがテロワールだ。私たちは毎年同じことを繰り返してワインをつくっている。私たちが主役にならないように、主張しすぎることはしない。真面目に、計画的に、自信と優しさを持ってワインづくりをしている」と、自身のワインづくりについて語った。

サンタ・リタ・ヒルズが世界的な産地になるまで

サンタ・リタ・ヒルズは、現在では特に高品質なピノ・ノワールとシャルドネをつくり出す地域として知られている。ぶどうの樹が植えられたのは1970年代だが、ブリュワー氏がワインづくりを始める1990年代までは、ぶどうはそれほど生産されていなかった。

ブリュワー氏は「まだとても若く、隠れた場所だった」と、自身が地元のワイナリーで働き始めた1991年を振り返る。自分がサンタ・リタ・ヒルズの名声を高めた人物とされることについては、謙虚に受け止めているようだ。

「私よりも前の世代に、リチャード・サンフォード氏やブルーノ・ダルフォンソ氏、ジム・クレンデネン氏、アダム・トルマック氏、ブライアン・バブコック氏が第一線にいて、世界にサンタ・バーバラについて発信していた。彼らがドアを開けたのだ。私はそのすぐ後ろにいて、彼らからバトンを受け継いだ。難しい仕事を彼らがしてくれたおかげで、私はその恩恵を楽しむことができた」と、ブリュワー氏は語っている。

サンタ・リタ・ヒルズは、1990年代後半からAVA(アメリカ政府承認ぶどう栽培地域)認定に向けた動きが始まり、2001年にAVAに指定された。2004年にはサンタ・バーバラを舞台にした映画『Sideways(邦題:サイドウェイ)』が公開され、アカデミー賞の脚色賞をはじめとする数多くの賞を受賞して注目を浴びるなど、隠れた場所が世界的な産地になるまでの“完璧な風”が吹いていたという。

ワインとおすすめのペアリング

今回のウェビナーでは、ブリュワー・クリフトンの産地へのこだわりが感じられる2本のワインが取り上げられた。ブラウン氏のテイスティング・コメントとともに紹介する。

ブリュワー・クリフトン ピノ・ノワール サンタ・リタ・ヒルズ 2016

ヴィンテージ:2016
品種:ピノ・ノワール
産地:サンタ・リタ・ヒルズ
アルコール度数:14.5%

全房発酵と熟成に古い樽を使用することで、繊細に仕上げたワイン。ブリュワー氏は「スパイスやオレンジピールの風味などがわびさびのように隠れていて、再び口にしたくなるワインだ」と説明している。

「ワインは味わいの土台が足りないと食事に合わなくなってしまう。このワインの持つスパイスの風味は、どんな食事とも相性が良い」とブリュワー氏は解説する。特にスパイスやしょうゆ、海鮮醤(ホイシンソース)を使った世界各地の料理、ハーブを用いたソースを使った料理におすすめしたいとのこと。ブラウン氏は、シンプルな和牛のたたきを提案している。

【テイスティング・コメント】
ブリュワー氏のピノ・ノワールで賞賛すべきところは、スパイスの風味。豊かな果実味がありながらも、果実の個性とワインとのストラクチャーの間に、紅茶やスパイスの風味がある。しょっぱいわけではなく、うま味成分としての海由来の塩分を感じるワインだ。

長い生育期間が、自然な濃さを与えている。フィニッシュも非常に長く、奥深さや存在感があるものの、自己主張は強すぎない。驚いたのは、ベルガモットのようなオレンジの皮のアクセントがあることだ。

ブリュワー・クリフトン シャルドネ サンタ・リタ・ヒルズ 2017

ヴィンテージ:2017
品種:シャルドネ
産地:サンタ・リタ・ヒルズ
アルコール度数:14.5%

生育期間が長く、冷涼で風が強いサンタ・バーバラのようなエリアでは、酸度が高く保たれるため、ワインとしてバランスが取れるように、酸度が十分に下がってから収穫される。このワインで使うぶどうは、11月に収穫されたものだという。

収穫したぶどうは、一晩かけて自重によって果汁を圧搾し、そのまま15~25年使っている古い樽に移される。シンプルにつくられており、アルコール発酵後に行われるようなリンゴ酸を乳酸に変化させるマロラクティック発酵(MLF)は行っていない。畑由来の果実の重さや凝縮さを味わえるワインだ。

「海由来の風味やユズのアクセントがあるワインなので、塩やユズ、シトラスを使った日本の料理にはとても相性が良い」と、ブリュワー氏はコメントしている。

【テイスティング・コメント】
面白いコンビネーションの味わいが、口の中に広がるワイン。脂質のようなものが口をおおい、同時に中央を突き抜ける味わいがある。ワインはデリシャスかシリアスかに偏りがちだが、このシャルドネはバランスが良い。

「日本には友人もいて、とてもピュアな料理には心を動かされる」という発言もあり、ブリュワー氏の日本食や日本文化への造詣の深さを感じさせられた今回のウェビナー。日本食とブリュワー・クリフトンのワインを合わせてみたくなる内容だった。

とても情熱的に、サンタ・リタ・ヒルズや自身のワインづくりについて語るブリュワー氏の姿は、ぜひ動画で確認してほしい。

<関連リンク>
Inside California Winemaking with Elaine Chukan Brown | Greg Brewer, Winemaker, Brewer-Clifton

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About the author /  鵜沢 シズカ
鵜沢 シズカ

J.S.A.ワインエキスパート。米フロリダ州で日本酒の販売に携わっている間に、浮気心で手を出したワインに魅了される。英語や販売・営業経験を活かしながら、ワインの魅力を伝えられたら幸せ