コラム

名門ワイナリーの信頼も厚いヴィンヤードを手掛ける「ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステート」 ~カリフォルニアワイン産地 バーチャルツアー

カリフォルニアワイン協会(CWI)は、カリフォルニアワインについての知識を深めることを目的として、影響力のある若手ソムリエに現地のワイナリーを“バーチャル”で体験してもらう「カリフォルニアワイン産地 バーチャルツアー」を開催した。

ツアーは2020年11月19日・20日と同年12月3日・4日の2回に分けて実施され、ソムリエたちは、コンラッド東京(東京都港区)に設けられた会場から、ワイナリーを訪問した。

今回はそのバーチャルツアーから、ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステート(Bien Nacido & Solomon Hills Estate)の内容を紹介する。

ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステート

ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステートは、50年以上の歴史を持つワイナリーだ。所有するビエン・ナシード・ヴィンヤードは、世界で最も多くのワインを生産しているヴィンヤードの1つでもある。ビエン・ナシード・ヴィンヤードやソロモン・ヒルズ・ヴィンヤードの果実を購入しているワイナリーは、200軒を超える。単一ヴィンテージで、5~8つの異なるビエン・ナシード・ヴィンヤードのワインを生産しているワイナリーも複数あるという。

今回のバーチャルツアーでは、エステート・アンバサダー兼エクスポート・マネージャーのウィル・コステロ氏がガイドとして登場した。

ラスベガスのソムリエが感じた可能性

コステロ氏はマスター・ソムリエでもあり、ラスベガスのホテル、マンダリン オリエンタル ラスベガス(現・ウォルドーフ アストリア ラスベガス)でワインディレクターを務めた経験もある人物だ。

エステート・アンバサダー兼エクスポート・マネージャーのウィル・コステロ氏

世界中から4400万人もの人々が訪れるラスベガスでは、ナパ・バレーやソノマのワイン、そして地元のワインを求める人が多い。ラスベガスから最も近いワイン産地が、カリフォルニア州のサンタ・バーバラだ。そこで彼は、サンタ・バーバラのワインを250種類ほどリストアップしていた。

かねてから、手頃な価格でありながら、高価なフランスのブルゴーニュワインを思い起こさせるようなワインを見つけたいと考えていたコステロ氏は、ビエン・ナシードのワインをテイスティングした際に、バックボーンとなっている美しいハーモニーや酸というサンタ・バーバラらしさに可能性を感じたのだという。

ワイナリーの始まり

ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステートの歴史は、まだカリフォルニア州がメキシコの一部だった時代にまでさかのぼる。トーマス・オリベラ氏が、当時、ランチョ・テプスケと呼ばれていた土地をカリフォルニア州知事から払い下げられた。

当時発行された土地の払い下げ証

さらに彼は、その土地を新婚の娘夫婦に農場用の土地として譲り渡した。そうしてつくられた農場の写真がこちらだ。

この写真は1920年頃に撮影されたものだが、左下に写っている建物は1837年に建て始められ、1850年に完成したもの。この建物は現在もビエン・ナシードの敷地内に残っており、ワイナリーの象徴として全てのワインボトルのラベルに描かれている。

1969年にこの土地を購入したのが、サンタ・バーバラのあるセントラル・コーストで、5世代にわたって農業に従事してきたミラー一家だ。彼らにより、この土地はビエン・ナシード・ヴィンヤードと命名された。

サンタ・マリア・バレーについて

セントラル・コーストの地図がこちらだ。

地図上の紫色の位置にあるのが、ビエン・ナシード・ヴィンヤードのあるサンタ・マリア・バレーAVAだ。このAVAはサン・ルイス・オビスポ郡とサンタ・バーバラ郡の両方にまたがっており、その中にあるビエン・ナシード・ヴィンヤードも2つの郡にまたがっている。

北緯・南緯ともに30~50度のエリアはぶどう栽培に適した地域とされており、「ワインベルト」と呼ばれている。

このワインベルトの中でも、北半球での南限に近いメキシコのバハ・カリフォルニア州などでは、シラーやテンプラリーニョなど、温暖な気候に適した品種を育てている。一方で、北限に近いアメリカのオレゴン州やワシントン州で栽培されているのは、ピノ・ノワールやソーヴィニヨン・ブラン、リースリングなど、冷涼な気候に適した品種だ。

通常は赤道に近づくほど気候は暖かくなるが、サンタ・バーバラに関しては南に行くほど寒くなる。ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステートがある場所は、アメリン&ウィンクラー博士によるワイン産地の気候区分で最も冷涼な「リージョン1」に該当する。

ピノ・ノワールやシャルドネ、ムールヴェードル、シラー、ヴィオニエの栽培に適しており、気温だけを見ると、オーストリアのクレムスタール、フランスのシャンパーニュやブルゴーニュ北部のディジョン、ハンガリーのトカイに近い。

ぶどうの生育には125日以上かかり、時間をかけて成熟していく。真夏の平均気温は約24℃となっているが、年平均気温は23℃ほどだ。年間降水量は14インチ(約356mm)程度と少ないため、かんがいも重要になる。

2018年2月に、ビエン・ナシード・ヴィンヤードで撮影された写真がこちらだ。

2018年の最初の発芽は2月8日。霜が降りたのは、その直後の2月12日だ。2回目の発芽では1回目ほどの収穫量にはならないため、大きな被害となった。スプリンクラー型のような散水かんがいではなく、点滴かんがいが重要視されているのも、冬の寒さが理由の1つだ。このように、この地域でのワインづくりは寒い気候と向き合うことが必要となってくる。

この寒冷な気候をつくり出しているのが、東西に走る山脈だ。

多くの山脈は南北に走っており、東西に走る山脈は世界でも珍しい。サンタ・バーバラにある山脈は、海岸から東西に向かって走る非常に珍しい山脈だ。海からの冷たい空気が内陸に向かって流れ込み、平均風速は毎秒約8.9mだという。海と山脈が、これほどまでに寒い気候をつくり出している。

最後に、サンタ・バーバラ内にある他のAVAを見てみよう。

南のサンタ・イネズ・バレーAVAにはいくつかのサブリージョンがあるが、サンタ・マリア・バレーAVAにはサブリージョンはない。サンタ・マリア・バレーは、アメリカ国内では3番目に、カリフォルニア州内ではナパ・バレーに続いて承認された歴史の長いAVAだ。

ビエン・ナシード・ヴィンヤード

ビエン・ナシード・ヴィンヤードの地図がこちらだ。

ホワイト・グローブ、アッパー・ベンチ、エンジェル・オブ・リポーズ、ゴールデン・クロス、コンヴァージェンスは、1973年にミラー一家がぶどうを植えたところ。19世紀後半にフランスをはじめとするヨーロッパ諸国ではぶどうに寄生する害虫フィロキセラによる被害が発生したが、その当時、アメリカのサンタ・バーバラではぶどうを育てている人はいなかったため、フィロキセラによる被害はなかった。

そのため、フィロキセラに対する抵抗力を持つ根につぎ木をする必要がなく、自根のぶどうが植えられている。土壌は石灰岩と頁岩で凝縮されている。

海からの距離を見てみよう。

海からは18マイル(約29km)ほど離れており、途中に海からの風を遮る山はない。

ビエン・ナシード・ヴィンヤードの全体を、上空から撮影した写真がこちらだ。

大部分が谷間の平地に植えられているが、トラクターの進化に伴って丘側も開拓されていった。左上方のヴィンヤードは、その手前にある丘がスケートボードのランプのように海からの風をせき止めるため、他の区画と比べておよそ6~7℃ほど暖かく、グルナッシュ、ヴィオニエ、シラーといった暖かい気候に適した品種を育てることができる。

ヴィンヤードでは、区画の中でも地形や斜面の角度によって成熟度合いが異なるため、収穫のタイミングを変えている。

ソロモン・ヒルズ・ヴィンヤード

ソロモン・ヒルズ・ヴィンヤードはこの位置にある。

海から12マイル(約19km)ほど離れており、ビエン・ナシード・ヴィンヤードよりも10kmほど海に近い。これよりも海に近づくと、寒すぎてぶどうは育たなくなってしまう。

ソロモン・ヒルズ・ヴィンヤードを、海側を背にして東方向を撮影した写真がこちらだ。

風にさらされ、ほぼ全てが海岸の砂のような砂質土壌だ。かつては海底だったところが、火山の影響で地上に出てきた地域だという。

2つのヴィンヤードの位置関係は、この写真を見ると分かりやすいだろう。

手前に広がっているのがソロモン・ヒルズ・ヴィンヤードで、奥のオレンジの線で囲まれているところが、ビエン・ナシード・ヴィンヤードだ。

非常に近い2つのヴィンヤードだが、土壌の違いもあり、それぞれのヴィンヤードで収穫したぶどうを全く同じ方法でワインにしても、味わいの異なるワインが出来上がる。

ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステートのワイン

バーチャルツアーでは、4本のワインが紹介された。

ビエン・ナシード エステート シャルドネ 2018

できるだけ手を掛けず、自然なワインを目指した1本。全房を直接プレスし、自然酵母で発酵させた。2019年に収穫したシャルドネを発酵させた時の写真を見ると、自然酵母がいかに元気であるか分かるだろう。

100%マロラクティック発酵(MLF)を経て、ダミー社の樽で12カ月間熟成させている。ダミー社の樽は、樽感を与えすぎずに質感を加えるというメリットがある。酸化防止剤を使用してはいるが、ビオスタイルのワインに求められる基準を下回っている。なお、画像内で酸化防止剤についての単位が「mg」となっているが、これは間違いで正しくは「ppm」とのことだ。

ぶどうは、1973年に植えられた自根のシャルドネを使用。古い樹は収穫量が少なく、灰色カビ病になるリスクが高いのだが、海からの風のおかげで乾燥するためカビの発生が抑えられている。

自根のシャルドネは世界にあまりないため比べることは難しいが、つぎ木されたぶどうと比べると酸味が高い。ふくよかさや強さがあるというよりも、シャープなテクスチャーのワインに仕上がる。

2018 BIEN NACIDO ESTATE CHARDONNAY, SANTA MARIA VALLEY
アルコール度数:12.6%
品種:シャルドネ100%
参考小売価格:9680円(税込)

ビエン・ナシード ウェル・ボーン キュベ シャルドネ 2019

「エステート」と同じ区画のシャルドネを使用し、ソロモン・ヒルズのシャルドネとブレンドした1本。バイ・ザ・グラスに適した、土地を表現するワインを目指してつくられている。「ウェル・ボーン(well born)」という名前は、スペイン語の「ビエン・ナシード(bien nacido)」を英語に翻訳したものだ。メキシコ時代の歴史と、ミラー一家がアメリカでつくり上げた歴史を思い起こさせるために併記している。

「エステート」のシャルドネにはよりミネラルやフレッシュさが感じられるが、「ウェル・ボーン」は、より伝統的なカリフォルニアのシャルドネだ。ナッツらしさ、パイナップルやバナナのトーンが感じられ、よりソフトでリッチな口当たり。酸味が低い点も、カリフォルニアワインの一般的なイメージと一致する。ただし、新樽は使っておらず、古樽のみを使用している。

こちらのワインはカリフォルニアを感じたい人向けであり、「エステート」はよりヨーロッパ的なワインだ。

2019 BIEN NACIDO WELL BORN CUVEE CHARDONNAY, SANTA MARIA VALLEY
アルコール度数:13.8%
品種:シャルドネ100%
日本発売未定

ビエン・ナシード エステート ピノ・ノワール 2018

広いビエン・ナシード・ヴィンヤードを、ひとまとまりとして表現するワインを目指した1本。6つの区画のワインをブレンドしたもので、東に行くほどより寒く、より風が強くなる。1973年に植えられた自根の古樹から収穫したぶどうの中には、他のワイナリーには販売をしていないモノポール的な区画のものも含まれている。

酸化防止剤も非常に少なく、フィルターや清澄も行っていない。

2018 BIEN NACIDO ESTATE PINOT NOIR, SANTA MARIA VALLEY
アルコール度数:13.0%
品種:ピノ・ノワール100%
参考小売価格:1万2100円(税込)

ビエン・ナシード ウェル・ボーン キュベ ピノ・ノワール 2019

このワインもウェル・ボーン キュベ シャルドネと同様に、ビエン・ナシードとソロモン・ヒルズ両方のヴィンヤードのぶどうを使用しており、全て古樽で熟成している。

栽培している全てのクローンを使うことで、サンタ・マリア・バレーのピノ・ノワールを表現している。一般的に飲みやすいワインで、やや高めのアルコール度数が質感を与え、より甘やかで、より柔らかいワインに仕上がっている。

2019 BIEN NACIDO WELL BORN CUVEE PINOT NOIR, SANTA MARIA VALLEY
アルコール度数:13.49%
品種:ピノ・ノワール100%
日本発売未定

ランチでもワインの話に

今回のバーチャルツアーでは、会場となったコンラッド東京のシェフとコステロ氏がランチに同じメニューをつくり、同じワインを味わった。アメリカの自宅からの参加となったコステロ氏は、自身でこの日のメニューを手掛けた。

【メニュー】
ブレッド3種類
スターター:サラダ
メイン:フランクステーキ コリアンダーとバジルのチミチュリソース

「なぜソムリエになったのか?」「サンタ・マリア・バレーでのソムリエというのはどんな感じなのか?」という質問にコステロ氏が答えたり、フードとワインのペアリング論やソムリエという仕事の面白さなどについて語られたりと、双方向のコミュニケーションを楽しみながらのランチとなった。

ランチで提供されたワイン

ランチでは、サラダと一緒に「バラード・レーン シャルドネ 2018」が、メインには「バラード・レーン ジンファンデル 2018」と「バレル・バーナー カベルネ・ソーヴィニヨン 2017」が提供された。

バラード・レーン シャルドネ 2018
アルコール度数:13.5%
品種:シャルドネ100%
参考小売価格:2420円(税込)

バラード・レーン ジンファンデル 2018
アルコール度数:14.4%
品種:ジンファンデル80%、ラグレイン15%、ムールヴェードル5%
参考小売価格:2420円(税込)

バレル・バーナー カベルネ・ソーヴィニヨン 2017
アルコール度数:14.5%
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン100%
参考小売価格:3080円(税込)

いずれもミラー一家がパソ・ロブレスで手掛けている、いわば姉妹ヴィンヤードのワインだ。サンタ・マリア・バレーから北に車で1時間20分ほど離れたパソ・ロブレス・ハイランズにあるヴィンヤードのぶどうを主に使用している。

パソ・ロブレス・ハイランズは、パソ・ロブレスAVAの中で最も標高が高いサブAVAで、日中は35℃まで暑くなるが夜は13℃程度まで涼しくなる地域だ。フレッシュさのあるワインができるという。

ランチ中の会話で印象に残ったのは、コステロ氏がバーチャルツアーの参加者に尋ねた「日本では、カリフォルニアワインは高級ワインだと思われているか?」という質問だ。東京・銀座のフランス料理店「ロオジエ」のソムリエである井黒卓氏から「高級ワインという印象を持っている人が、消費者にもソムリエにも多い」という回答を聞くと、コステロ氏は「だからこそ、ランチでこのワインをあなたたちにお見せしたかった。私たちの目標は、グランクリュ品質のワインをつくりながら、手に届く価格帯で毎日飲めるようなワインをつくることだ」と語った。

今回のバーチャルツアーでは、コステロ氏によりヴィンヤードの区画ごとに非常に細かい説明がなされた。土地を深く理解し、ビエン・ナシード&ソロモン ヒルズ エステートがそこで育まれたぶどうを生かしたワインづくりにこだわっていることが、力強く伝わってきた内容となった。

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About the author /  鵜沢 シズカ
鵜沢 シズカ

J.S.A.ワインエキスパート。米フロリダ州で日本酒の販売に携わっている間に、浮気心で手を出したワインに魅了される。英語や販売・営業経験を活かしながら、ワインの魅力を伝えられたら幸せ