2050年に向けて、「ポジティブインパクトで、豊かな地球を」という環境ビジョンを掲げて活動する、キリングループ。そのキリングループ傘下のメルシャンが2022年6月21日、「sustainability masterclass~大橋健一マスター・オブ・ワインと紐解くサステナビリティの基本~」を開催した。
これは、ワイン業界におけるサステナビリティの枠組みについて学ぶもので、メルシャンとしては初のマスタークラス開催となる。講師には、ワイン業界では世界で最も権威のあるマスター・オブ・ワイン(Master of Wine:MW)の資格を保持し、シャトー・メルシャン、コンチャ・イ・トロなどのブランドコンサルタントを務める大橋健一氏を迎えた。また、キリンホールディングスCSV戦略部の藤原啓一郎氏も登壇し、一部解説を行った。
会場となったベルサール八重洲(東京都中央区)には、ソムリエや酒販店、飲食業界、流通業界、メディアなど、幅広い業種の聴講者が参加。新型コロナウイルス感染症の状況を考慮し、会場では十分な対策が行われたほか、Zoomによるリモート配信も同時に実施された。
第1部のマスタークラスは約1時間にわたって開催され、第2部では、第1部で紹介したワイナリーのワインを大橋氏による解説付きでテイスティングした。当日の様子を4回にわたって連載する。
ワイン産業が抱える課題
大橋氏によるマスタークラスでは、ワイン産業における課題の提起、現状把握、今後の取り組みの提案や、国内外のワイナリーによる実際の取り組み事例などについて解説が行われた。
連載1回目となる本記事では、環境や健康、社会に与える影響など、マスタークラスで提起されたワイン産業が抱える課題について紹介する。
環境に与える影響
環境の観点では、ワインづくりに関連することとして、土壌への影響、水資源への影響、温室効果ガス排出による影響などが考えられる。
①土壌への影響
ぶどう栽培においては、土壌の生態系を守る有機農法が多く取り入れられているが、この方法はどこでもできるわけではない。
ぶどうはカビや虫などが付きやすいため、農薬に頼らざるを得ない面がある。欧州連合(EU)の中でぶどうの栽培面積は3.5%だが、農薬の使用率は全作物の中で15%となる。また、生産性を高めるために、ぶどうだけを栽培するモノカルチャーの畑が増えている。そのため、異なる作物が混在するポリカルチャーの畑と違い、生物の多様性が失われてきている。
地中海性気候や大陸性気候などの気候の違い、標高の高低、土壌条件によって環境が違うため、何が正解とは一概には言えないが、ぶどう栽培に関してはこうした問題がある。
②水資源への影響
日本の場合は、海外に比べて排水基準が非常に厳しい。一方、世界では、この排水基準が緩かったり、厳しくても多くのワイナリーが密集する産地では多量の水を使用するため、水資源への影響から生態系を破壊しているという実例が挙げられている。
水質が悪化することによって起こる生態系の変化として、アメリカ・カリフォルニア州のナパ・バレーにあるナパ川の事例が挙げられる。同地で生態系調査を行ったところ、10年前には生息していたヤツメウナギが、現在はほぼ確認できない状態となっている。
これを受けてカリフォルニアワイン協会は、生態系を侵さないような規範をつくり、1990年代後半からさまざまな基軸が運用されている。ただし、これについてもこういった事実を知らなければ、このようなサステナビリティ観点での取り組みにはたどり着けなかった。こうした現状をきちんと把握することが、まずは重要となる。
③温室効果ガスの排出による温暖化への影響
日本は輸入ワイン需要が高いため、ワインを輸送する際のCO2排出量を考慮すべきである。重い液体を運ぶということが、地球環境に非常に負荷をかけているということも理解する必要がある。
それ以外にも、ワインを低温発酵する際に使う冷水を循環させるための電力など、ワイナリーではさまざまな部分で電気を使用しており、地球温暖化を防止する観点でも考慮する必要がある。こうしたことが地球環境にどう悪影響を及ぼしているか、そのことについても客観的に知る必要がある。
最近ではこれらを抑えるため、地熱発電などの再生可能エネルギーの活用も進み、地球への負荷を低減したワイナリーなども存在している。
健康や社会に与える影響
アルコールは、依存や中毒を誘発する可能性がある。また、飲み過ぎることで健康を害したり、酒気帯び運転による事故につながる可能性もある。
世界保健機関(WHO)の調査では、毎年世界中で300万人がアルコールの有害飲用によって死亡しており、これは全死亡者数の約5%を占めている(WHO「Global status report on alcohol and health 2018」)。このようなことを誘発するきっかけになっていると思われているのがアルコールだ。ワイン産業もアルコール業界に属する立場として、こうした問題に向き合い、いかにサステナブルな産業にしていくかという課題に取り組む必要がある。
人権問題
コーヒーやチョコレートの生産においてしばしば指摘される課題だが、実はワイン業界も人権問題に関わりがある。
現在は劇的に減ったものの、過去には15歳に満たない子どもを労働者として使ったり、最低賃金を守らず、安く酷使するようなことが一部に見られたこともある。物価が安い国の安い労働力を利用しながら、安いワインを大量につくることに注力していた時代もあった。
ワイン業界は早くからフェアトレードに乗り出し、現在はラテンアメリカを中心に、こぞって認証ラベルを付けたワインを社会に送り出している。
以上のようなワイン産業が抱える課題について、大橋氏は「ワイン業界の従事者が客観的に知る必要がある」と語る。
まずは知らなければ、新たなサステナビリティへの運用の図式は見つからない。ワイン産業がさまざまな負荷をかけているという現状をきちんと把握し、それをいかに解決するかが、企業価値を上げることにつながる。大橋氏は、そういう価値のある企業の集合体としてワイン業界があれば、より多くの消費者に受け入れられることにつながると語った。
次回の記事では、ワイン産業の現状把握と今度の取り組みの提案について紹介する。