INDEX
長年、“安くてうまいワイン”として、広く愛されてきたチリワイン。「その印象は間違っていないが、国際的に変わりつつある」と語るのは、マスター・オブ・ワイン(Master of Wine:MW)の大橋健一氏だ。
そんなチリワインのプレミアム化に関する知識を広げるため、メルシャンは2023年5月10日、オークラ東京(東京都港区)で「チリワインマスタークラス」を開催した。
2022年はチリ側と1週間にわたってオンラインでやり取りし最新の情報を用意したが、2023年は実際にチリを訪問して、最新の情報を揃えてのセミナー開催となった。今回はレポートの第1弾として、プレミアムワインの産地として注目を集める、チリの最新情報をまとめる。
ワイン産地チリとは
まずは、ワイン産地チリの基礎知識をおさらいしておこう。
チリは、南米大陸の西側に位置する縦長の国だ。縦は4270km、横幅は平均で177kmだが、狭い所は80kmほどしかない。
ワイナリーの数は400軒ほど。国税庁が発表した「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和3年調査分)」によると、日本のワイナリー数は413軒のため、それほど数は変わらないが、ワイン生産量は世界第6位であり、大規模な生産者が多いことがうかがえる。また、生産量の82%を輸出しており、世界で最も輸出に成功しているワイン産地の1つだ。
日本市場を見てみると、2015年からワインの輸入量でチリが1位となっていたが、コロナ禍で消費者がプレミアムなワインを求める傾向もあり、2021年にはかつての王者フランスが返り咲く結果となった。しかし、2023年の4月に発売された『WANDS』によると、現在はまたチリが抜き返しているという。これについて大橋MWは、「チリワインは、日本でも、また日本を訪れる海外の人にも受け入れられているのが現状だ」としている。
チリの気候
南北に長く延びるチリは、東側にアンデス山脈、西の太平洋側に海岸山脈があり、中央には2つの山脈に囲まれた平地が広がる。南北の緯度が同じでも、西か東かで気候条件が異なるのが、チリの特徴だ。
また、太平洋にはチリのワインづくりに大きな影響を与えているフンボルト海流(寒流)が流れており、この海流が最高気温を和らげて気温の上昇を抑える緩衝材となっている。ワイン産地のリマリ付近では、フンボルト海流と赤道付近から流れてくる暖かい海流がぶつかる。
ボルドーのグランヴァンが発展させたワイン産地
1980年代には、フランスのシャトー・コス・デストゥルネルのオーナーを務めたブルーノ・プラッツ氏が、マイポにヴィーニャ・アキタニアを設立。1997年には、シャトー・ムートン・ロートシルト(ロスチャイルド)を所有するロスチャイルド家が、同じくマイポにヴィーニャ・アルマヴィーヴァを、さらに2003年にはバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド・マイポ・チリを設立している。また、シャトー・ムートン・ロートシルトと同じ5大シャトーのシャトー・マルゴーも、チリでぶどうを栽培している。
フランス・ボルドーのグランヴァンの頂点ともいえるつくり手たちが、チリのワイン産地としての潜在能力に気づき、次々にチリへ進出。これによってワイン産地としてのポテンシャルが認められ、さらにはフランスの醸造文化がチリへ入っていくことになったのである。
チリワインの最新情報
チリは長年、安くてうまいワインの産地として、ワイン初心者を引き付けてきた。一方で、「チリはプレミアムワインの産地である。そのことを日本人はあまりにも知らない」と、大橋MWは語っている。
プレミアム化が進むチリワイン
プレミアムなチリワインは、既に世界中で受け入れられ始めている。アジアでは、中国や韓国が日本を追い抜き、高級チリワインの消費国となっているそうだ。
大橋MWが「尊敬する存在」として名前を挙げる、イギリスのティム・アトキンMWは、毎年チリワインのレポートを出している。最新の2022年版では、95ポイントの高得点ワインが78本もあったという。
プレミアム化を進める3つのポイント
●ラ・プラス・ド・ボルドー(La Place De Bordeaux)
ラ・プラス・ド・ボルドーとは、ボルドーのグランヴァンの多くを手掛けるオープンマーケットのこと。シャトーが販売代理店と直接契約をするのではなく、複数のクルティエ(ワインの仲買人)から複数のネゴシアンを通し、複数の代理店へワインが渡るという、独自の流通システムだ。
ボルドー以外の生産者も扱っているが、歴史的に高い名声を保ってきた、諮問委員会が認めるワイナリーしか参入できない。たとえ高得点のワインを多数生産していても、新しいワイナリーは認められないのだ。
ラ・プラズド・ボルドーで取り扱われているチリワインは、7~8種ほど。少ないように思えるかもしれないが、これはイタリアと同程度であり、フランス以外で最も認められている国の1つだ。
●古樹が多い
特にチリ最大のぶどう産地であるマウレは、古樹が多いことでも知られている。
古樹の魅力は、複雑な味わいのワインを生み出すだけではない。長い年月をかけて深く伸ばした根が水を吸い上げるため、降水量が少なくても耐え得ることが分かっている。また、通常は気温が30℃を超えると光合成は止まってしまうが、古樹は高い気温でも光合成を続けることができ、糖度を高める能力に長けているという。また古樹は、長く紫外線を浴びたことで突然変異の可能性も高くなり、気候条件やぶどうの病気などの変化に適応しやすくなるという。
古樹になると生産量が減ってしまうが、それでも古樹を大切にすることは、サステナビリティにもつながっている。大橋MWは、「古樹をたくさん養っている産地は、美しいワイン生産文化がある」と語っていた。
●アボカドブーム
実は、チリワインのプレミアム化が進む背景には、世界的なアボカドブームがある。ぶどうよりもアボカドの方がもうかるため、栽培人や収穫人がそちらに流れてしまうのだ。ワインづくりの人材をつなぎ止めるためには、賃上げが必要となるが、既に60カ国でフリートレードをしている輸出大国のため、売り上げを伸ばそうとしても、新規の販売国を得るのが難しい。
そこで目を付けたのが、プレミアム化だ。ワインの質を上げて1本あたりの単価を上げることで、売り上げアップを目指した。
ヴィンテージを知ろう
プレミアムワインを楽しむときに知っておきたいのが、ヴィンテージだ。迷ったらお店の人に相談すると良いが、近年のチリワインのヴィンテージは以下のようになっており、比較的覚えやすい。
2016年:冷涼な年
2017年:温暖な年
2018年:冷涼な年
2019年:温暖な年
2020年:温暖な年
2021年:冷涼な年
2022年:温暖な年
知っておきたいプレミアムワインの産地
ティム・アトキンMWは、銘醸地として、エルキ(Elqui)、リマリ(Limari)、アコンガグア(Aconcagua)、カサブランカ(Casablanca)、マイポ(Maipo)、ラペル(Rapel)、マウレ(Maule)、イタタ(Itata)、ビオビオ(Bio-Bio)、マジェコ(Malleco)を挙げている。
次回は、プレミアムワイン8本のテイスティングを通して、チリワインの現在をさらに掘り下げた後半パートを紹介する。