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長年、“安くてうまいワイン”として、広く愛されてきたチリワイン。「その印象は間違っていないが、国際的に変わりつつある」と説明するのは、マスター・オブ・ワイン(Master of Wine:MW)の大橋健一氏だ。
そんなチリワインのプレミアム化に関する知識を広げるため、メルシャンは2023年5月10日、オークラ東京(東京都港区)で「チリワインマスタークラス」を開催した。今回のマスタークラスでは、事前にチリを訪問し、最新の情報を揃えたという。
今回は、レポートの第2弾として、8本のワインのテイスティングを通して、チリワインの魅力をさらに掘り下げた後半パートを紹介する。テイスティングワインとして選ばれたのは、国際的にプレミアムワインのつくり手として知られており、日本でもなじみ深いコンチャ・イ・トロのワインだ。テイスティングコメントは、大橋WMによるもの。
リマリ(Limari)の特徴と4本のワイン
チリ北部のワイン産地DOコキンボに位置するリマリ。「リマリを語らずに、チリワインの全貌を語ることはできない」と、大橋MWは紹介する。イギリスのティム・アトンキンMWが毎年発表するチリワインの番付では、1位に選ばれることが多い産地だ。8本のテイスティングワインのうち、4本がリマリ産であることからも、その重要性がうかがえる。
海水温の高くなるエルニーニョと海水温の低くなるラニーニャがぶつかる場所に位置し、夏はエルニーニョが、冬はラニーニャが優位になって気候に影響を与えている。リマリより北には、サハラ砂漠やゴビ砂漠よりも雨が降らない、世界で最も乾燥したアタカマ砂漠が広がっている。
リマリも雨が少なく、年間降水量は80~100mmしかないため、灌漑(かんがい)が不可欠となる。土壌は堆積土壌で、炭酸カルシウム(CaCO₃)を非常に多く含む石灰質だ。
炭酸カルシウムを含むチョーク(白亜)質土壌で知られるワイン産地には、フランスのシャンパーニュがある。同じようなチョーク質の土壌がリマリにも点在していることを発見したのは、コンチャ・イ・トロの醸造家マルセロ・パパ氏だ。
この発見により、かつてはチリ人によってボルドー系品種のカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローが植えられていた土地だったが、1990年代にパパ氏がシャンパーニュで使用されているピノ・ノワールとシャルドネを植えることに方針を変換。周囲の生産者にもこの発見を伝え、リマリは高級ワイン産地に加わることとなった。
また、太平洋から吹く風の影響で、塩味が感じられるワインが出来るのも特徴だ。
カッシェロ・デル・ディアブロ デビルズ ブリュット
「デビルズ ブリュット(鬼の辛口)」と名付けられたワイン。残糖は6g以上あり、冷涼な産地らしく酸がしっかりとしている。香ばしい香りのあるスパークリングワインだ。
チリ最高峰の産地のシャルドネを主体に、ピノ・ノワールをブレンドしている。高品質ながら、価格が2000円を切っていることもあり、大橋MWが代表取締役社長を務める酒類専門店の山仁で、最も売れているスパークリングワインだという。
【テイスティングコメント】
カヴァ以上に酵母っぽい香りがあり、青リンゴのような清涼感がある。泡立ちもきめ細かい。カヴァよりも熟成期間が短いが、酵母のニュアンスを映し出した1本。これから夏に向けて、カナッペやちょっとしたフライに合わせたいスパークリングワインだ。
◆カッシェロ・デル・ディアブロ デビルズ ブリュット(Casillero del Diablo Devil’s Brut)
品種:シャルドネ87%、ピノ・ノワール13%
アルコール分:12%
発酵・熟成:18日間ステンレスタンクで発酵させ、7カ月間ステンレスタンクで熟成
参考小売価格:1910円
カッシェロ・デル・ディアブロ ペドロ・ヒメネス 2021
チリの北部を中心に栽培されている、白ワイン品種のペドロ・ヒメネス(Pedro Jimenez)。マスカットアレキサンドラ種とパイス種を掛け合わせた品種で、シェリー酒の原料となるペドロ・ヒメネス(Pedro Ximenez)とは異なる。
日本人にとっての甲州のように、チリ人にとっては白系品種のアイデンティティ的な品種として、大切にされているとのこと。
【テイスティングコメント】
塩の香りがあり、価格の印象よりも凝縮感がある。カボスのようなシトラスやレモングラスのリフレッシングな香り。酸は高くないがフレッシュ感があり、品種の特徴であるテクスチャーの丸みが感じられる。グビグビと飲めるワイン。日本食なら、刺身をオリーブオイルと塩で。また、チリでもよく食べられている、ペルー料理のセビーチェとよく合う。
◆カッシェロ・デル・ディアブロ ペドロ・ヒメネス 2021(Casillero del Diablo Pedro Jimenez 2021)
品種:ペドロ・ヒメネス85%、シャルドネ15%
アルコール分:12%
発酵・熟成:18日間ステンレスタンクで発酵させ、6カ月間ステンレスタンクで熟成
参考小売価格:1580円
アメリア シャルドネ 2021
ティム・アトキンMWが、ベストホワイトワインに選んだ1本。「(白ワインの産地として知られる)ピュリニィ・モンラッシェのプルミエ・クリュ(1級畑)に匹敵する品質」と高く評価している。価格の高騰が続くブルゴーニュワインの代わりとして、選ばれているワインとのこと。
【テイスティングコメント】
長い余韻が楽しめる1本。ファーストアタックに塩味が感じられる。果実の熟度の高さが、洋ナシっぽさや黄桃っぽさからうかがえる。この凝縮感が、アメリアのシャルドネの真骨頂だ。
◆アメリア シャルドネ 2021(Amelia Chardonnay 2021)
品種:シャルドネ100%
アルコール分:13.5%
発酵・熟成:フレンチオーク樽(新樽10%、旧樽90%)で発酵させ、12カ月間フレンチオーク樽(新樽10%、旧樽90%)で熟成
参考小売価格:7000円
アメリア ピノ・ノワール2021
使用するぶどうの30%を除梗せず、ぶどうの果皮と種子、果肉、梗ごと発酵させる全房発酵でつくっている。世界的にピノ・ノワールとシラーの全房発酵が流行しているが、バランスを取るのが難しい。しかし、このワインでは、全房発酵によりグリーンな清涼感が加えられており、絶妙なバランスを維持している。
【テイスティングコメント】
緻密なピノ・ノワール。歯応えのあるプルーンやチェリーなどのフルーツ感があり、香りから冷涼さを感じる。味わいのテクスチャーはクリーンでエレガント。フローラルで優美なピノ・ノワールだ。
◆アメリア ピノ・ノワール2021(Amelia Pinot Noir 2021)
品種:ピノ・ノワール100%
アルコール分:14%
発酵・熟成:ステンレスタンクで7~8℃のコールドマセレーションを6~7日行う。12カ月フレンチオーク樽(新樽18%、旧樽82%)で熟成
参考小売価格:7000円
マウレ(Maule)の特徴と1本のワイン
チリの中央に位置するDOセントラル・バレー南端にあるマウレ。降水量が年間600mmと多く、そのおかげで四季を感じる景色が広がっている産地だ。古樹も多い。
コンチャ・イ・トロが、サステナビリティを進めている中心的産地でもある。
【コンチャ・イ・トロの取り組み】
コンチャ・イ・トロは、地球環境にとって存在価値がある企業と認める国際的認証「B Corp(B Corporation)」を受けている数少ないワイナリーの1つだ。
CO₂の排出量を10年で50%削減し、2050年までにニュートラルにすると宣言。水の使用量はチリのワイン業界における平均使用量の50%に抑え、電力はソーラーパネルや水力発電などの再生可能エネルギーを使用するなどの取り組みをしている。また、1haの畑に対して、0.4haの森林を保全している。
現地を訪れたことがあるという大橋MWは、「ヴィンヤードに行くと、周囲にホタというワシが飛び交っている姿を見ることができる。生態系の頂点であるワシたちが暮らせるほど、エサが豊富な健全な森が広がっているという証拠だ」と振り返っていた。
カッシェロ・デル・ディアブロ レッド・ブレンド 2020
レッド・ブレンドとは、その名の通り、赤ワイン品種のブレンドワインだ。しかし、品種を語るためのワインではなく、“おいしければそれでいいでしょ!”という味わい重視のワインでもある。今やアメリカで新しく発売されるワインの40%は、産地も品種も語らないレッド・ブレンドだという。
【テイスティングコメント】
チリらしい、濃くておいしいワイン。凝縮感や充実感が感じられる。
◆カッシェロ・デル・ディアブロ レッド・ブレンド 2020(Casillero del Diablo Red Blend 2020)
品種:シラー50%、カベルネ・ソーヴィニヨン35%、メルロー10%、ティントレロ5%
アルコール分:13.5%
発酵・熟成:ステンレスタンクで8日発酵。9カ月ステンレスタンクとエポキシ樹脂製のコンクリートタンク(epoxy cement)で熟成
参考小売価格:1580円
コルチャグア(Colchagua)の特徴と2本のワイン
コルチャグアも、DOセントラル・バレーに位置する産地だ。年間降水量は350mm。堆積土壌で、ボルドー品種を多く産する。
特にティム・アトキンMWから絶賛されているのが、ペウモ(Peumo)地区だ。170mと標高が低いコルチャグアの中で、最も冷涼な地域となる。ペウモで最も有名な品種がカルメネール。メルローと間違えて取り入れた品種だが、成熟が遅い。かつては引き抜かれてメルローやカベルネ・ソーヴィニヨンに植え替えられていたが、今ではチリのアイデンティティを象徴する品種の1つとなった。
カッシェロ・デル・ディアブロ カルメネール 2018
【テイスティングコメント】
晩熟さの証である若干のハーブ感がある。シラーのようなペッパー感もあり、酸はカベルネ・ソーヴィニヨンほど高くはない。ロンドンでは、インド料理と合わせて楽しまれている。
◆カッシェロ・デル・ディアブロ カルメネール 2018(Casillero del Diablo Carmenere 2018)
品種:カルメネール85%、カベルネ・ソーヴィニヨン10%、プティ・ヴェルド5%
アルコール分:13.5%
発酵・熟成:ステンレスタンクで8日発酵。コンクリートとステンレスタンク、フレンチオーク樽を組み合わせて10カ月熟成
参考小売価格:1580円
カルミン・デ・ペウモ 2019
大橋健一MWが「世界最高峰のカルメネール」と評するワイン。
【テイスティングコメント】
熟度が高い中でも優美さがある。エレガントでフローラル。赤いカベルネの持つフローラルさがあり、凝縮感はあるが行き過ぎた熟度を感じさせるようなジャムっぽさはない。ペウモの中でも最も冷涼なテロワールが、ひんやりとしたクールハーブな印象を生んでいる。チリ人がチリ風につくっている1本だ。
◆カルミン・デ・ペウモ 2019(Carmin de Peumo 2019)
品種:カルメネール94.75%、カベルネ・フラン5%、カベルネ・ソーヴィニヨン0.25%
アルコール分:14%
発酵・熟成:ステンレスタンクで5~7日発酵。15カ月フレンチオーク樽(新樽85%、旧樽15%)で熟成
参考小売価格:2万3000円
アルト・マイポ(Alto Maipo)の特徴と1本のワイン
DOセントラル・バレーに位置するマイポ・バレー(Maipo Valley)の中にある、アルト・マイポ。プレミアムチリワインのシンボルであり、トレンディな産地だ。アンデス山脈の麓で栽培されたぶどうを使用している。標高は650mと高く、非常に冷涼。年間降水量は350mm。
プエンテ・アルト(Puent Alto)は、特にグラン・クリュ(特級畑)として知られている。
ドン・メルチョー 2020
ドン・メルチョーは、ボルドー最高峰のワインコンサルタントであるエリック・ボワスノ氏を起用し、醸造長のエンリケ・ティラド氏と共同で生み出した作品。ワイン愛好家から信頼されるパーカーポイントで、何度も100点を取っているワインだ。
【テイスティングコメント】
カベルネ・ソーヴィニヨンが表現されたワイン。カルメネールのようなエレガンスさの中でも、よりたばこっぽさやスパイシーさがあり、カベルネ・ソーヴィニヨンらしさを感じる。標高の高さからくるしっかりとした骨格があるが、印象はエレガントだ。
◆ドン・メルチョー 2020(Don Melchor 2020)
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン92%、カベルネ・フラン6%、メルロー1%、プティ・ヴェルド1%
アルコール分:14.5%
発酵・熟成:ステンレスタンクで9日間発酵。15カ月フレンチオーク樽(新樽71%、旧樽29%)で熟成
参考小売価格:2万2000円
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