海外で活躍する日本人が珍しくなくなった現在、ワインの世界でも海外に拠点を置きワインづくりに情熱を傾ける日本人がいる。
世界で活躍する日本人のワインのつくり手を紹介する本シリーズ。今回は、フランス人も脱帽するほどのこだわりを持って自然派ワインをつくる大岡弘武氏にスポットライトを当てたいと思う。
ワインとの出会い
大岡弘武氏は1974年に東京で生まれた。明治大学理工学部工業化学科を卒業すると、フランスに渡り、ボルドー大学醸造学部でワインづくりを学んだ。
大岡氏がワインに魅了されたのは、20年ほど前のこと。大学時代に初めてフランスを訪れた際、父親へのお土産に買ったボルドーワインを口にした瞬間だったという。それを機に、ワインづくりの道を歩み始めた。
ボルドー大学でワインの醸造方法を一通り学び、国家資格であるボルドーBTSA醸造栽培上級技術者を取得した。
その後、ローヌ地方最大手であるギガルに加わり、エルミタージュにある区画の栽培責任者を務めた。エルミタージュにある区画は、樹齢100年を超すシラーも有していた名家ジャン・ルイ・グリッパが所有していた由緒ある栽培地だ(ジャン・ルイ・グリッパは2001年、ギガルに吸収された)。
2003年にギガルを退社し、自然派ワインのパイオニアの1人であるティエリー・アルマン氏の下で自然派ワインについて学んだ。
そして2006年には完全に独り立ちし、2003年に立ち上げた自身のドメーヌ「ラ・グランド・コリーヌ(「大きな岡」という意味)」の仕事に専念するようになった。
フランス人も脱帽するこだわり
「酵母も砂糖も、亜硫酸塩(酸化防止剤)も入れないで、とにかくぶどうだけでワインをつくる。ぶどう畑でも、なるべく自然にこだわる」ことが大岡氏の哲学だという。
ぶどう栽培では、除草剤や化学肥料を使用しないビオロジックを実践。化学合成薬品の農薬は使用せず、ビオディナミの認証団体である「デメテール」が認可している硫黄を使用している。
また、「少量でも構わないから良いぶどうだけを育てたい」という思いから、剪定で不要な芽を徹底的に取り除き、収量制限をしている。
醸造では、ぶどうの果実味を大切にするために、野生酵母で自然に発酵させる。さらに、酸化防止剤を使用しないで、発酵から瓶詰めまでを行っている。
黒斑病やうどん粉病で、ほんのわずかしかぶどうを収穫できない年もあったが、大岡氏は、フランスで最も尊敬される自然派ワインの生産者の1人と評されるようになった。
大岡氏の師であるティエリー・アルマン氏さえも「ワインへの手の掛け方でいえば、彼はわれわれよりもずっとこだわりが強い」と感心する。
地元の他のワイン生産者の中には、大岡氏のやり方を理解しない人もいるようだが、大岡氏のワインの質を批判する人はいないという。
日本でも自然派ワインを広めたい
フランスで自然派ワインの生産に成功した大岡氏。次なる目標は、日本で自然派ワインをつくることだ。
その準備は着々と進められている。特定の時期に作業量が多くなり時間的な制約が厳しくなる新酒(ヌーボー)の製造については、2016年ヴィンテージを最後にフランスのラ・グランド・コリーヌでは行わないことを表明した。
そして大岡氏は、「自分の生まれ育った国、日本で自然派ワインをつくるという新たな目標に向かってさらにチャレンジをしようと決心した」「20年間フランスで得た知識と経験を最大限に活用し、日本の自然派ワインの発展に少しでも貢献したい」と述べている。
現在、大岡氏は岡山県でぶどうを育てるところから始めている。フランスと日本を行き来しながら、自然派ワインの生産に揺るぎない情熱を注いでいる。