これまでに本シリーズではボルドー5大シャトーや、ブルゴーニュの名門、スーパータスカン(トスカーナ)を代表するつくり手などを紹介してきた。
クリスマス前には別枠でジャニソン・バラドンを紹介したが、あらためてシャンパーニュを語る上で覚えておきたいつくり手について取り上げていこう。
今回取り上げるのはモエ・エ・シャンドン(MOET&CHANDON)。シャンパーニュに興味を持ったことがある人なら、きっと知っているメゾンだろう。
何度かワイン売り場に足を運んだことがある人なら、「MOET」と大きく書かれた洗練されたパッケージを目にした記憶もあるはずだ。
モエ・エ・シャンドンのエピソード
「ドン ペリニヨン」と「モエ・エ・シャンドン」
最高級のシャンパーニュと言えば、「ドン ペリニヨン」だろう。
シャンパーニュに限らず、ワインの中で“最も最高級”なのもドン ペリニヨンかもしれない。ワインバザールが過去に「これまでに飲んだワインの中で最も高価なワイン」についてアンケート調査してみたところ、最も多くの人が挙げた名前が「ドン ペリニヨン」だった。
「ドン ペリニヨン」というブランドは、「シャンパーニュの父」として知られ、シャンパーニュをつくる製法の基礎を固めたドン・ピエール・ペリニヨン氏にちなんで名付けられた。
シャンパーニュにも、スタンダードな「ノン・ヴィンテージ」(いくつかの年のぶどうを使って醸造する)、ワンランク上の「ヴィンテージ」(優れたぶどうを収穫できた年、その単一年のぶどうのみを使って醸造する)といった分類がある中で、ドン ペリニヨンは最高峰の「プレスティージュ」に分類される。
「プレスティージュ」には「威信」「名声」といった意味があり、一流のメゾンがそのプライドをかけてつくり出す至高のシャンパーニュだ。シャンパーニュ地方にあるぶどう畑の中でも最も環境に恵まれたグラン・クリュ(特級畑)において、良質なぶどうが採れた年、その単一年のぶどうだけを使用。キュヴェ(一番搾り)のみを使い、細心の注意を払って醸造、通常の2~3倍ほどの期間をかけて長期熟成される。
そのドン ペリニヨンも、モエ・エ・シャンドンが保有するブランドの1つ。モエ・エ・シャンドンは品質・生産量の両面においてシャンパーニュのトップクラスで、年間200万ケース以上を出荷している。
ルイ15世、ナポレオン、ヴィクトリア女王にも愛されたモエ・エ・シャンドン
モエ・エ・シャンドンの歴史は1743年から始まった。その5年後、1748年にはフランス王・ルイ15世のお眼鏡にかない、フランス王室御用達のシャンパンに。ルイ15世を影から操ったとも言われる愛妾のポンパドゥール夫人は、ルイ15世とともに過ごすときには数百本ものモエ・エ・シャンドンを運び込ませたという。
フランス皇帝・ナポレオン1世やヴィクトリア女王までモエ・エ・シャンドンの虜となり、ナポレオン1世はモエ・エ・シャンドンの3代目当主ジャン・レミー・モエ氏に勲章を授与。ナポレオン生誕100周年に当たる1869年には、モエ・エ・シャンドンの“顔”ともなる「モエ・アンペリアル(皇帝)」が初めて出荷された。
モーターレースを締めくくるシャンパンファイト
モーターレースの勝利者が表彰台に上り、よく振っておいたシャンパーニュを開栓し、吹き出す泡を周囲に浴びせ掛ける――。いわゆる「シャンパンファイト」が初めて行われたのは、1967年に開催されたル・マン24時間レースの表彰式でのことだった。
この初めてのシャンパンファイトに使われたシャンパーニュも、モエ・エ・シャンドンだ。
モエ・エ・シャンドンは1980年代~1999年までF1の公式シャンパンとして愛用され、1987年には世界トップレベルのヨットレース「アメリカズカップ」のパートナーにも選ばれた。
モエ・エ・シャンドンの歴史
270年以上の歴史を誇るモエ・エ・シャンドン
モエ・エ・シャンドンは、シャンパーニュにあるエペルネで産声を上げた。
初代のクロード・モエ氏は「シャンパンを最高のワインにする」との目標を掲げ、前述したようにわずかな期間で、フランスの王宮などでも愛飲されるステータスあるものへとシャンパーニュの地位を押し上げた。
その評価・ブランド力を国際的なものへと成長させたのは、3代目当主のジャン・レミー・モエ氏だ。先に触れたようにナポレオンとも親交があったジャン・レミー・モエ氏は、シャンパン以外のワイン製造から撤退。全精力を傾けて、シャンパーニュの品質を向上させた。
ヘネシー、ルイ・ヴィトンと合併して世界的なラグジュアリーグループに
モエ・エ・シャンドンという名前になったのは、ジャン・レミー・モエ氏の次代から。息子のヴィクトール・モエ(MOET)氏と、娘婿のピエール・ガブリエル・シャンドン(CHANDON)氏の2人を後継として指名し、1833年、モエ・エ・シャンドン(MOET&CHANDON)が誕生した。
そして20世紀に入ると、1960年代には「ドン ペリニヨン」を手掛けていたメルシエを買収。1968年、高級香水・化粧品会社のパルファン・クリスチャン・ディオールも傘下に収め、1971年にはコニャック製造会社のヘネシーと合併して「モエ ヘネシー ホールディング カンパニー」に。さらに1987年、ルイ・ヴィトングループと合併したことで、「LVMH モエ ヘネシー ルイ ヴィトン」という世界的なラグジュアリーグループへと発展した。
モエ・エ・シャンドンのワインづくりの特徴
広大な面積のグランクリュ(特級畑)・プレミアクリュ(1級畑)
モエ・エ・シャンドンが保有するぶどう畑の面積は1190haにも及ぶ。東京ドームに換算すると約253個分の面積だ。シャンパーニュ地方にある畑全体から見ても、約3.5%に当たる。
しかも、そのうちの50%がグランクリュ(特級畑)、25%がプレミアクリュ(1級畑)だ。
シャンパーニュでは以前、ぶどうの取引価格を安定化させるため、畑から採れるぶどうの品質に応じて、村ごとに80~100%までの範囲で格付したことがある。仮に10kg当たり100ユーロというのがその年の取引価格なら、100%格付の村で採れたぶどうは100ユーロ、80%格付の村で採れたぶどうは80ユーロで買い取られるわけだ。
現在は自由取引となっているが、この格付によって各村の畑が、グランクリュ(特級畑)か、プレミアクリュ(1級畑)か、といった等級が決まってくる。100%格付されていた村の畑はグランクリュ(特級畑)、90~99%格付された村の畑はプレミアクリュ(1級畑)となる。
モエ・エ・シャンドンはさらに、シャンパーニュの他のぶどう農家からも買い付ける。豊富なぶどうを上手く組み合わせていくことで、味わいの一貫性を保つように努めているのだ。
広大な面積の畑を管理するため、250人もの栽培担当者が日々、ぶどうの育成状況をチェックしている。収穫期には300もある区画ごとに最適な収穫日を判断。手作業で一房ずつ摘み取っていく。
規定の約2倍、長期熟成で複雑なアロマと奥行きを
モエ・エ・シャンドンの主力シャンパーニュ「モエ アンペリアル」は27カ月にわたって熟成させる。これは「シャンパーニュ」と名乗るために必要な最低熟成期間である15カ月の約2倍。それだけの期間をかけて長期熟成させることで、複雑なアロマと奥行き、そして泡のきめ細やかさを生み出している。
ぶどうの酸化を防ぐため、できるだけ空気に触れさせないように心を砕き、ステンレス100%のタンクを用いてシャンパンを醸造。その後、熟成のためにエペルネにあるモエ・エ・シャンドンのカーヴ(地下貯蔵庫)に持ち込まれる。
カーヴは泥灰土白亜の地中にあり、全長28kmにも達する。静かで程良い湿度が保たれた地下の空間において、モエ・エ・シャンドンのシャンパーニュは何年にもわたって長期熟成されているのだ。
モエ・エ・シャンドンのおすすめワイン
モエ アンペリアル
「IWSR Report 2016」において、シャンパンカテゴリーで世界売上1位に輝いたモエ・エ・シャンドンの主力シャンパーニュ。シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエをバランス良くブレンド。フルーティーで魅惑的な味わい、エレガントな熟成が感じられる。
ロゼ アンペリアル
アンペリアルの貴重なロゼ。シャンパーニュ全体の生産量のうち、ロゼはわずか5%ほどしかつくられていない。アンペリアルよりもピノ・ノワールの比率を高め、より赤果実のフルーティーな味わいを強く感じられるように仕上げた。
グラン ヴィンテージ
優れたぶどうが採れた年にのみ生産されるヴィンテージシャンパーニュ。最近では、2008年、2009年などに生産された。モエ アンペリアルよりもさらに長期間、7年にもわたって長期熟成させている。
ネクター アンペリアル
エキゾチックでトロピカル、フルーティーさを増したネクター アンペリアル。クリーミーでありながらフレッシュな味わいを楽しめる。
アイス アンペリアル
「氷を浮かべて初めて完成する」という新スタイルのシャンパーニュ。マンゴー・グアバといったトロピカルフルーツのしっかりした香りが漂い、ネクタリンやラズベリー、かすかにショウガの風味も感じられる。