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カリフォルニアワイン協会(CWI)は、アジア市場を意識したウェビナーシリーズ「Inside California Winemaking ~カリフォルニアのワイン造り、その内側~」を2020年5月下旬より実施している。
ホストを務めるイレイン・チューカン・ブラウン氏は、ワインライターやワインエデュケーターとして活動しており、2019年にワイン・インダストリー・ネットワークが選出した「ワイン界で最も影響力のある9人」のうちの1人だ。さらに、インターナショナル・ワイン&スピリッツコンペティション(IWSC)において、2019年と2020年の2年連続で「年間最優秀ワイン・コミュニケーター」の最終候補者に選ばれている。
「シルヴァー・オーク」の精神を受け継ぐ醸造責任者
2020年5月28日に開催された第1回目のゲストは、「シルヴァー・オーク」でぶどう栽培・ワイン醸造部門の責任者を務めているネイト・ヴァイス氏だ。ヴァイス氏は、カベルネ・ソーヴィニヨン以外の品種を手掛けるブランドとして1999年に設立された「トゥーミー」でも同様のポジションに就いている。
シルヴァー・オークが手掛けるカベルネ・ソーヴィニヨンは、アメリカで最も支持を受けていると言われる。初代醸造家のジャスティン・メイヤー氏が言った「Life is Cabernet !(人生はカベルネだ!)」という言葉は、ワイナリーの精神を表していると言えるだろう。メイヤー氏の引退後は、フランスの名門「シャトー・ペトリュス」でワインづくりに関わっていたダニエル・バロン氏が醸造を引き継ぎ、さらにその後をネイト・ヴァイス氏が受け継いだ。
1972年にレイ・ダンカン氏が設立して以来、カベルネ・ソーヴィニヨンとアメリカン・オーク樽にこだわったシルヴァー・オークのワインづくりは、3人の醸造家とダンカン一家によって守られている。
ネイト・ヴァイス氏の経歴
ナパ・バレー生まれのヴァイス氏は、父親がワインメーカーだったこともあり、ワインづくりが身近な環境で育った。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で生体心理学と神経科学の学位を取得後、ニュージーランドのホークスベイに渡り、2003年の収穫シーズンを経験した。
この時の経験が、彼のキャリアに大きな影響を与えたようだ。特に、「クラギー・レンジ・ワイナリー」のダグ・ワイザー氏について、「全くの初心者だった私は、彼の姿を見て仕事を学んだ」とコメントしている。この時一緒に働いていた仲間のうちの何人かは、カリフォルニアでワインメーカーとして活躍しており、現在でも交流があるそうだ。
帰国後は、ぶどう栽培とワイン醸造の理学修士を取得し、複数のワイナリーで働きながら、ワインメーカーとしての素養を積んでいく。シルヴァー・オークには2014年に参加。バロン氏の下でワインづくりを学び、現在はシルヴァー・オークとトゥーミーにて、ぶどう栽培からワイン醸造までを手掛けている。
今回のウェビナーでは、ヴァイス氏がシルヴァー・オークのワインやワインづくりの哲学、別ブランドのトゥーミーが誕生した背景などについて解説している。
ワイナリーのビジョンを感じる3つのエピソード
ホストのブラウン氏は、「ボトルの中のワインに価値があるだけではなく、ワインをつくり出す、長い目で全体を捉えるビジョンに価値がある」とシルヴァー・オークを表現している。
ヴァイス氏は、シルヴァー・オークを家族のような関係だと表現しており、「造園担当、栽培担当、セラーの従業員から役職者まで、同じ方向を向いて、信念を持って目標に向かっています」と語っている。
ウェビナーでは、シルヴァー・オークの価値をつくり出すビジョンや信念がよく分かるエピソードが語られていたので紹介したい。
樽の製造会社の株式を100%取得
シルヴァー・オークは、アメリカン・オーク樽での熟成にこだわっているワイナリーだ。アメリカン・オーク樽だけを使うことは、シルヴァー・オークが設立された1972年には一般的だったが、2020年ではそうではない。
セシル・オークやペドンキュラータ・オークといったヨーロッパのオークは、タンニンが多めでバニラ香やココナッツ香が少なく、アメリカン・ホワイト・オークはタンニンが少なめでバニラ香やココナッツ香が強いという特徴がある。
ヴァイス氏は、アメリカン・オーク樽が、シルヴァー・オークの味わいやアロマティックな個性をつくり出している理由の1つだと説明した。
シルヴァー・オークでは、ミズーリ州で樽を製造しているThe Oak Cooperage(旧・A&K Cooperage)の株式を2000年に半分、2015年に完全取得している。これによってシルヴァー・オークは、アメリカン・オークにこだわった樽の製造所を持つ、北米で唯一のワイナリーとなった。
理想的な樽を入手できる環境は整ったものの、樽をつくるには、原料となる木材を寝かせておく必要があるため、株式取得がすぐにワインの味に影響を与えるわけではない。それでも挑戦する価値があることだと、シルヴァー・オークは考えたそうだ。
難しいサステナビリティ認証を獲得
カリフォルニアのワインづくりにおいて、重要なキーワードとなっているのが“サステナビリティ”だ。シルヴァー・オークも、サステナビリティを重視しているワイナリーの1つと言える。
2020年4月には、シルヴァー・オークのアレキサンダー・バレーAVAにあるワイナリーが、取得が非常に難しいLiving Building Challenge(LBC)認証を取得した。世界で25番目の認証取得であり、ワイナリーとしてだけではなく、製造業者として初めての取得となる。
ルールやガイドラインに従えば取得できる認証ではなく、事業者が目標をクリアするために独自の対策を講じ、1年以上かけて効果が出ていることを証明しなくてはならない。それがLBC認証取得の難しさだ。
2012年、認証取得を目指してワイナリーの建設がスタートし、オープンしたのは2018年。1年以上かけて効果が出ていることを証明して、2020年に認証を受けた。
LBCには使用を禁止している素材のリストがあり、その素材を排除しなくてはならない。素材の使用が環境に悪影響を与えるかどうかだけではなく、どのように製造されたかを含めて考慮する必要がある。幅広く使用されており、特にワイナリーでは配管などに使用されることが多いPVC(ポリ塩化ビニル)も禁止品に指定されている。プロジェクトの責任者であり、サステナビリティ・マネージャーのハーレー・ダンカン氏は、禁止素材が含まれていないか、3000以上の器具をチェックしたそうだ。
また、水もLBCの重要な要素だ。ワイナリーでは多くの水を使うが、特にシルヴァー・オークのような大規模ワイナリーにとって、使用した水を緑地で処理して地下水に戻し、再利用する「ネット・ゼロ・ウォーター」は大きな挑戦となった。
LBCの取得は、シルヴァー・オークの運営に関わる多くの人々が、8年間同じ目標を目指して取り組んだ結果と言えるだろう。
コロナ禍の中でできること
現在、多くの事業に影響を与えている新型コロナウイルス感染症だが、カリフォルニアで起こり得るさまざまなリスクに備えていたシルヴァー・オークにとっても、今回の脅威は想定外だったという。
ヴァイス氏によると、従業員の安全を最優先にしつつ、ぶどう栽培やワインづくりに必要な最小限の業務は続けているという。その他の業務に携わる人たちも、クロストレーニングを通じて他分野の仕事に関わるなど、それぞれのスタッフが今自分にできることを行っているそうだ。
カベルネ・ソーヴィニヨンのワイン2本
ウェビナーでは、2つの産地が冠されたカベルネ・ソーヴィニヨンのワインが紹介された。
ブラウン氏は、「カリフォルニアはカベルネ・ソーヴィニヨンで有名だが、シルヴァー・オークのワインには、独自のカテゴリーをつくり上げたかのような独特な表現がある」とコメントしている。
初代醸造家であるジャスティン・メイヤー氏のワインづくりは、彼と7年間一緒に働いたダニエル・バロン氏に受け継がれ、その後、2016年までシルヴァー・オークのヴィンテージを手掛けたバロン氏の下で3年間働いたネイト・ヴァイス氏へと託された。一貫性や安定したスタイル、目指すものが代々受け継がれているのだとヴァイス氏は語った。
2つのぶどう産地
シルヴァー・オークのワインには、ソノマ郡にあるアレキサンダー・バレーAVAとナパ郡にあるナパ・バレーAVAの2つの産地で栽培されたぶどうが使用されている。ソノマ郡とナパ郡の間には、マヤカマス山脈がある。
マヤカマス山脈の西側にあるアレキサンダー・バレーAVAは、ナパ・バレーよりも海の影響を受けやすい産地だ。シルヴァー・オークのヴィンヤードは、アレキサンダー・バレーAVAの南半分にあり、さらに南に位置するサンパブロ湾が、太平洋から冷たい霧を内陸に引き込んでいるため冷涼だという。
最も南にあるRad Tailヴィンヤードは、酷暑も霜も起こりやすい、温度の点で極端な場所だ。過酷な環境がスパイスとなり、色合いや骨格をアレキサンダー・バレーAVAのワインに与えている。
もう1つの栽培地は、マヤカマス山脈の東側にあるナパ・バレーAVAだ。
最も大きいのが、1999年にワイナリーが購入したSoda Canyon Ranchヴィンヤードだ。ナパ・バレーの南東に位置しており、どのAVAにも属していない。なだらかな起伏があり、畑の場所によって環境が異なるため、6つのヴィンヤードを1つにまとめたような場所だという。110エーカーの畑では、ボルドー系品種を中心に、カベルネ・ソーヴィニヨンとブレンド品種を栽培している。また、トゥーミーのメルローを栽培している唯一の場所であり、この場所を購入したことが、トゥーミーを始めるきっかけになった。
Jump Rockはアトラス・ピークAVAにある20エーカーのヴィンヤードだ。標高約430~460mほどのところにあり、乾燥して草木もまばらな場所でのぶどう栽培は挑戦とも言えたが、その試みは見事に実を結んだ。
標高の高いアトラス・ピークではパワフルな山を表すようなカベルネ・ソーヴィニヨンができ、バレー中央部に位置するセント・ヘレナAVAのNavoneヴィンヤードでは、均一でありながら深みや味わい、フレッシュさを持つカベルネ・ソーヴィニヨンができる。
カリストガAVAのヴィンヤードでは、少量のメルローとトゥーミー用のソーヴィニヨン・ブランなどを栽培している。
シルヴァー・オーク アレキサンダー・バレー カベルネ・ソーヴィニヨン
ヴィンテージ:2015
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン 95.3%、メルロー 3.7%、プティ・ヴェルド 0.4%、マルベック 0.3%、カベルネ・フラン 0.3%、
アルコール度数:14.5%
【テイスティング・コメント】
過酷な環境が生んだスパイスがもたらす、複雑な味わい。鉄分が感じられ、舌触りと質の良いタンニンがあり、とても長い余韻がある。たくましくなりがちなカベルネ・ソーヴィニヨンだが、これはエレガントで口の中が潤うような感覚があり、深い味わいが感じられる。
シルヴァー・オーク ナパ・バレー カベルネ・ソーヴィニヨン
ヴィンテージ:2014
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン 78%、メルロー 11.6%、カベルネ・フラン 6.7%、プティ・ヴェルド 2.1%、マルベック 1.6%
アルコール度数:14.2%
【テイスティング・ノート】
アレキサンダー・バレーと似ているが、より力強さと粘り強さを感じる。しかし、重すぎるわけではなく、活気が感じられる。
カベルネ・ソーヴィニヨン100%からの転換
アメリカのワイン法では、1つの品種を75%以上使用していれば品種名表示が可能だ。そのため、先ほど紹介したアレキサンダー・バレーとナパ・バレーのワインは「カベルネ・ソーヴィニヨン」と表示できるが、いずれも100%ではない。
初代醸造家のジャスティン・メイヤー氏は、カベルネ・ソーヴィニヨン100%にこだわっていたが、その後を引き継いだダニエル・バロン氏は、ブレンド文化のあるボルドーでの経験を生かし、自分らしいものをつくりたいと考えていた。そこでメイヤー氏を説得し、ナパ・バレーのボルドーブレンドをつくるようになったという。
アレキサンダー・バレーAVAでは、2011年まではカベルネ・ソーヴィニヨン100%のワインをつくっていた。寒さに見舞われたこの年のカベルネ・ソーヴィニヨンは挑戦的なヴィンテージとなった。一方で、メルローの質は良く、ごく少量のブレンドをするようになり、それは現在でも続いている。
メルロー主体のワインを手掛ける「トゥーミー」
トゥーミーは、シルヴァー・オークのカベルネ・ソーヴィニヨンへのこだわりから生まれたブランドだ。
誕生の背景
トゥーミー誕生のきっかけとなったのは、ナパ・バレーにあるSoda Canyon Ranchのヴィンヤードだ。ここでブレンド品種を栽培していく中で、メルローの栽培量が増え、質も高くなってきたことから、ダニエル・バロン氏はメルロー主体のワインづくりをシルヴァー・オークに提案。しかし、30年近くもカベルネ・ソーヴィニヨンにこだわってきたシルヴァー・オークからは出せないということで、新ブランド・トゥーミーが誕生した。
1999年にメルローを、2002年にはソノマ郡のロシアン・リバー・バレーAVAでピノ・ノワールの栽培をスタート。2003年には実験的にソーヴィニヨン・ブランの栽培を始め、2007年に初ヴィンテージをリリースしている。
メルローに関しては、ペトリュスで44年間醸造に携わったジャン・クロード・ベルエ氏が2012年からコンサルタントを務めている。
トゥーミー メルロー
ヴィンテージ:2014
品種:メルロー 79.7%、カベルネ・ソーヴィニヨン 8.3%、カベルネ・フラン 7.9%、プティ・ヴェルド 4.1%
アルコール度数:14.4%
【テイスティング・ノート】
花のような香りが口の中に現れ、折り重なる味わいのハーモニーと長い余韻を楽しめる。
今回のウェビナーは、YouTubeで動画が公開されている。ネイト・ヴァイス氏が情熱的に語る、シルヴァー・オークの魅力に触れてみたい方は、ぜひ再生ボタンを押してみてほしい。テーブルワインとは一線を画すシルヴァー・オークのワインが、より一層味わい深くなることだろう。
<関連リンク>
Inside California Winemaking with Elaine Chukan Brown | Nate Weis, Silver Oak and Twomey