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カリフォルニアワイン協会(CWI)は2020年10月27日、「カリフォルニアワイン・グランドテイスティング2020」に際し、マスター・オブ・ワイン(MW)の大橋健一氏による特別セミナー「今、知っておきたい最新のカリフォルニアワイン産業」を開催した。
このセミナーで大橋氏は、カリフォルニアワインのサステナビリティの先進性を取り上げた。
この記事では、大橋氏が2020年2月~10月の間に調査した、カリフォルニアワイン産業のサステナビリティについて取り上げていく。
世界が注目する、カリフォルニアワインのサステナビリティ
大橋氏によると、今、世界のサステナビリティをリードするカリフォルニアワインを取り扱うことは、それ自体がクールで倫理的な振る舞いであるという。
アグリカルチュアル・サステナビリティ
大橋氏はまず、サステナビリティの一般的な解釈である、農業のサステナビリティ「アグリカルチュアル・サステナビリティ」について解説した。
農業のサステナビリティというと、「Demeter(デメター)」や「ECOCERT(エコサート)」など、ヨーロッパの有機農法認証に言及しがちだ。しかし、本当に大切なのは、有機農法を使うことだけではなく、有機農法が地球環境にどのように貢献するのかを考えることだと大橋氏は言う。
アメリカにおけるアグリカルチュアル・サステナビリティも、他国のサーティフィケーション同様に、現在は農業の枠組みを超え、その土地の自然環境や生態系をより包括的な観点で捉えている。
大橋氏は、アメリカの3つの認証、SIP(サステナビリティ・イン・プラクティス)や、ローダイルール、ナパグリーンを例に挙げながら、こうした包括的なアメリカのアグリカルチュアル・サステナビリティを体現しているというワインを紹介した。
マサイアソン・ファミリー・ヴィンヤード
アグリカルチュアル・サステナビリティに注力するつくり手として大橋氏が紹介したのが、ナパ・バレーのマサイアソン・ファミリー・ヴィンヤードだ。生産者のスティーブ・マサイアソンは、リトライのテッド・レモンとともに、ナパの自然派ワインのつくり手として高い人気を誇る。
マサイアソンは、田畑を耕さずに作物を栽培する不耕起農法で知られている。また、驚くべきことに、自社畑では銅を使わずにベト病に対処しているという。
自然派ワインであっても、ベト病の予防のため、畑に銅をまくことは一般的に行われている。しかし土壌に蓄積した銅は、畑内の生態系、そしてじわじわと周辺環境にも影響をもたらす。
「ワインづくり自体が地球のサステナビリティに影響してはならない」。こうした信念により、マサイアソンは農業にとどまらず、マザー・アースを見据えた包括的なサステナビリティを実践している。
テイスティング「2017 マサイアソン リボッラ・ジャッラ マサイアソン・ヴィンヤード ナパ・ヴァレー」
【大橋氏によるテイスティングコメント】
色はオレンジワインに近い中程度のアンバーカラーで、少し濁りがある。マセレーションが2週間程度と短いため、オレンジワインの色味を持ちつつ、飲むとタンニンの質がジューシー。熟度の高いアプリコットをほうふつとさせる。また、オレンジワインの特徴であるダージリンティーの香りの中に、樽の溶出成分とみられるバニラのフレーバーを感じる。やや揮発酸が立っているが、それをネガティブに取るか、複雑性の一要素と捉えるかは好みによる。
ぶどう品種は、アメリカでは珍しいリボッラ・ジャッラ。ボトルは一般的な500g台より軽い、300g台の軽量瓶を使用し、生産時のCO2排出量削減にも配慮している。
大橋氏は、このワインのおいしい飲み方として、「オレンジワインは酸度が控えめになるため、冷やして飲むことで輪郭が引き締まる」と教えてくれた。
【ペアリング】
大橋氏は、カリフォルニアワインに合わせるアメリカのキュイジーヌも紹介してくれた。
清涼感とグリップ感があるオレンジワインには、豚肉をスパイシーに味付けし、野菜とともにトルティーヤで包んだタコス・デ・カーニタスを合わせてほしいとのこと。
インダストリー・サステナビリティ
「インダストリー・サステナビリティ」とは、ワイン産業における持続可能性のこと。2018年のデータによると、日本のワイナリー全体の43%は営業利益が50万円未満。日本のワイン産業のサステナビリティには、現在、もっと洗練された経営基盤が必要であると大橋氏は指摘する。
カスタムクラッシュ・ワイナリー
ここで大橋氏が取り上げたのが、アメリカでは既に一般的な「カスタムクラッシュ・ワイナリー」だ。一言で言うと、施設や人材を借りて醸造するレンタルワイナリーのことで、このシステムを利用すれば、大掛かりな設備投資を行ってワイナリーを所有しなくてもすぐにワインづくりができるため、資金のない若手の生産者たちも、意欲的なワインに挑戦しやすい。
カリフォルニアのカルトワイン生産者として知られるコルギンやスケアクロウも、実はカスタムクラッシュからスタートした。アメリカのそこかしこにあるカスタムクラッシュ・ワイナリーでは、まだ世の中に知られていない素晴らしいワインが日夜誕生している。
大橋氏によると、カリフォルニアでは、カスタムクラッシュの存在がワイン産業活性化に多少なりとも貢献したこともあって、実にワイン業界は80万人以上の雇用を生み出す産業にまで成長しているという。日本でも、こうしたケースからワイン産業におけるサステナビリティを学んでほしいと大橋氏はコメントした。
テイスティング「ピエドラサッシ PS シラー サンタ・バーバラ・カウンティ 2018」
紹介するワインはもちろん、カスタムクラッシュ・ワイナリーで生まれたシラーの逸品、「ピエドラサッシ PS シラー サンタ・バーバラ・カウンティ 2018」だ。
【大橋氏によるテイスティングコメント】
従来のアメリカのシラーのイメージが揺らぐフルーティーさ。一方で、クールクライメイト(冷涼な産地でつくられるワイン)の印象もある。ホワイトペッパーの香りにブラックペッパーやクローブの香りがあり、少し苦味が感じられる。全房発酵のワインながら、果梗の緻密な表現が素晴らしい。ドメーヌ・ド・ラ・コートのシラーに匹敵する品質。
産地は、サンタ・バーバラのバラード・キャニオン。サンタ・バーバラの中でも地域によって得意な品種が異なり、ブルゴーニュ品種ならサンタ・リタ・ヒルズ、ボルドー品種なら少し内陸のハッピー・キャニオン。このワインに使われるローヌ品種(シラー)は、バラード・キャニオンでつくられる。
大橋氏は、それぞれのぶどう品種がどんな土地と気候条件のもとで根付いているのかを知り、シンプルなメッセージにアウトプットしてほしいと語った。
【ペアリング】
このワインは、アメリカの代表的な料理である、ハンバーガーに合わせてほしいとのこと。大橋氏は、カリフォルニアで人気の「イン・アンド・アウトバーガー」を例に挙げ、小麦粉にこだわったバンズや、自家製のひき肉を使ったハンバーグなど、ガストロノミックな料理としてのハンバーガーとワインの組み合わせを提案した。
ソーシャル・サステナビリティ
「ソーシャル・サステナビリティ」とは、農業はもちろん、社会貢献、環境への配慮などを包括したサステナビリティのこと。
大橋氏は、ソーシャル・サステナビリティの象徴的な存在として、スペインのミゲル・トーレスを例に挙げ、社員の家族のためのスクールバスやベビーシッターサービスなどの取り組みについて触れた。
そんなトーレスと親交が深く、ソーシャル・サステナビリティにおいてその影響を受けているのが、カリフォルニアの大手ワインメーカー、ジャクソン・ファミリー・ワインズだ。
ジャクソン・ファミリー・ワインズ
ジャクソン・ファミリー・ワインズは、サステナビリティに取り組む企業を国際的に評価する「グリーンパワー・リーダーシップ・アワード」で、働きやすさを評価する「ベスト・プレイス・トゥ・ワーク・アワーズ」を受賞するなど、アメリカで最も先進的なサステナビリティを実現する企業として世界から注目されている。
ジャクソン・ファミリー・ワインズの特徴的な取り組みとして、大橋氏は「目標の数値化」を挙げた。その内容は、「2020年までに再生エネルギーの使用率を50%以上にする」「2020年までにワイン生産量1ガロン当たり25%、CO2を削減する」「ワイナリーの廃棄物を90%以上リサイクルする」「75%のスタッフが地域のボランティアに参加する」など、多岐にわたる。
テイスティング「ヴェリテ ラ・ミューズ 2017」
大橋氏によると、ジャクソン・ファミリー・ワインズは、日本ではリーズナブルな価格帯のワイン生産者として知られているが、ソノマで「ラ・ミューズ」を手掛けるヴェリテをはじめ、高級ワイナリーを数多く所有しているという。
大橋氏は、地球環境や農業、ビジネスやヒューマンリソースを包括する、最先端のサステナビリティが感じられるワインとして、「ヴェリテ ラ・ミューズ」を紹介した。
【大橋氏によるテイスティングコメント】
ボルドー品種に多い、タイムやローズマリーの香りがあるが、果実のプロファイルはボルドーの特徴的な香りであるクワの実のような印象ではなく、ブラックベリーのような香りとなる。樽の品格が見事で、ポイヤックのようなオンヴィンテージのグランヴァンを思わせる。ダブル・デキャンタージュで飲むことをおすすめする。
今回の「ラ・ミューズ」は、ソノマなどカリフォルニア北部が大規模な山火事に見舞われた2017年のヴィンテージであり、この1本をセレクトすることは、カリフォルニアワイン産業への支援を意味していると大橋氏は語った。
【ペアリング】
「ラ・ミューズ」の品質なら、ワイン単品でも十分楽しめると前置きした上で、大橋氏がセレクトしたのは、ブラックトリュフのリゾット。ソノマでは、天然のブラックトリュフが収穫できるそうで、同じ産地の食材とワインは好相性だという。