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カリフォルニアワイン協会(CWI)は、カリフォルニアワインについての知識を深めることを目的として、影響力のある若手ソムリエに現地のワイナリーを“バーチャル”で体験してもらう「カリフォルニアワイン産地 バーチャルツアー」を開催した。
ツアーは2020年11月19日・20日と同年12月3日・4日の2回に分けて実施され、ソムリエたちは、コンラッド東京(東京都港区)に設けられた会場から、ワイナリーを訪問した。
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今回はそのバーチャルツアーから、メルヴィル・ワイナリー(Melville Winery)の内容を紹介する。
メルヴィル・ワイナリー
バーチャルツアーの舞台となるメルヴィル・ワイナリーからは、ワイングロワーのチャド・メルヴィル氏がガイドとして登場した。
ワイングロワーとは、ぶどう栽培からワインづくりをスタートさせる人、つまり「ぶどうからワインを育てる人」のこと。ぶどうの樹を植えるところから、ヴィンヤードの管理、醸造までを手掛けるメルヴィル・ワイナリーで重視しているのは、完璧な品質の果実を育てることだ。ワイナリーでチャド氏は、基本的に手を掛け過ぎず、その果実がワインになるのを導いているという。
まずは、メルヴィル・ワイナリーの歴史とワインづくりの哲学から見ていこう。
メルヴィル・ワイナリーの歴史
メルヴィル・ワイナリーの歴史をスタートさせたのは、チャド氏の父であるロン・メルヴィル氏だ。ロン氏はソノマのナイツ・バレーでぶどうを栽培し、その果実を全て販売していた。チャド氏も10代の頃は父の手伝いをしていたが、若過ぎてぶどう栽培の魅力を理解できず、「重労働で、汗が気持ち悪くて、暑くて寒い仕事」だと感じていたそうだ。
1996年、ぶどうを栽培しているうちにピノ・ノワールに恋したロン氏は、気候の全く違うサンタ・リタ・ヒルズに未開拓の土地を購入。ヴィンヤードを開拓するところからワイナリーを始めた。
当時24歳だったチャド氏は、大学を卒業してロサンゼルスのダウンタウン地区で金融関係の仕事をしていた。仕事では満たされないと感じる一方で、かつては嫌だと思っていたはずの農業への思いが強くなっていたことから、父や兄と共にワインづくりの道に踏み込むことにしたのだという。
ワイナリーの哲学
「最も大切なのは、自分ができる最高品質の果実をつくること」と、チャド氏は語る。ワインはヴィンヤードでつくられるもので、セラーではあまり手を加えないというのが、メルヴィル・ワイナリーの哲学だ。
土地をできるだけ深く理解するためにヴィンヤードを区分けし、ワインから予想外の味わいを感じたら、ヴィンヤードに戻ってその理由を考えるという。クローン(接ぎ木)や土壌、かんがい、栄養などを見直すことで、年々、土地への知識を得ていくそうだ。
チャド氏はオーガニックの栽培家であることにも誇りを持っており、収穫や醸造なども手作業にこだわっている。また、水はけが良く痩せた土壌に栄養をとどめるために利用しているのが、カバークロップだ。マメ科を中心に、5種類のカバークロップを使用している。
カバークロップにはいくつかの役割があり、生産者によって使う目的が異なる。チャド氏がカバークロップを使う理由の1つが、枯れた後に土壌の肥料になることだ。全く香りのしない土壌からは命が感じられないが、メルヴィル・ワイナリーのヴィンヤードの土からは、とても強い、望ましい香りがするそうだ。
サンタ・リタ・ヒルズの特徴
メルヴィル・ワイナリーは、カリフォルニア州のサンタ・バーバラ郡にあるサンタ・リタ・ヒルズを拠点としている。カリフォルニア全体の地図から、位置を確認してみよう。
茶色に塗られた部分がサンタ・バーバラ郡。黒い点は、メルヴィル・ワイナリーがある場所だ。うぐいす色に塗られたナパ・バレーやソノマと比べると、かなり南にあることが分かる。
気候に影響を与える南北の山脈
サンタ・バーバラ郡をクローズアップした地図がこちらだ。
海に向かってせり出したエリアであることがよく分かる。ここで注目したいのが、2つの山脈だ。サンタ・リタ・ヒルズの北と南それぞれに、東西に走る2つの山脈がある。カナダを含めた北米で、海から東西に走る山脈があるのはこのエリアだけだ。
サンタ・リタ・ヒルズ周辺の地形図を見ると分かりやすいだろう。下の地形図で黒い丸で囲まれた場所がメルヴィル・ワイナリーのある場所だ。
2つの山脈と海は、サンタ・リタ・ヒルズの気候に大きな影響を与えている。海側の土地は平坦になっており、寒流であるカリフォルニア海流で発生した風や霧が、2つの山脈の間を通り抜けていく。午後になると海から冷たい風が吹き、次第に霧が地域を覆い始めるが、翌朝には晴れる。
この地形は気温にも大きな影響を与えており、海から1マイル(約1.6km)離れると、気温は約0.5℃上昇する。2つの山脈の間にはいくつかAVAがあるが、海に一番近いサンタ・リタ・ヒルズが最も寒い。サンタ・リタ・ヒルズの西にはロンポックという町があるが、ここまで海に近づくと、ぶどうを育てるには気温が低くなり過ぎるという。サンタ・リタ・ヒルズのユニークな地形がつくり出す冷涼な気候が、長い生育期間を可能にし、ピノ・ノワールに鮮やかな酸味を与える。
「サンタ・リタ・ヒルズほど、生育期間が長くて寒い地域を他に知らない」と、チャド氏は語った。
ナパ・バレーと全く異なる気候
カリフォルニア州は広大で、ナパ・バレーとサンタ・リタ・ヒルズは車で5時間ほどの距離がある。気候や天気も異なっており、ナパ・バレーで雨が降っても、サンタ・リタ・ヒルズで降るとは限らないため、「カリフォルニアの偉大なヴィンテージ」という表現が当てはまらないことがある。例えば、2011年はメルヴィル・ワイナリーのワインは素晴らしいヴィンテージとなったが、ナパ・バレーでは違っていたそうだ。
ぶどうの生育スケジュールも異なる。一般的にぶどうの休眠期間は11月から3月ごろまでだが、サンタ・リタ・ヒルズは冬らしい冬がなく、春が早くやってくるため、休眠期間がとても短い。2020年について見てみると、ぶどうの収穫を終えたのが11月中旬で、11月下旬になってもぶどうの樹はまだ青々としていた。その後、ぶどうは水や栄養を吸収してから休眠に入り、目を覚ますのが翌年2月の中旬から下旬だ。これはオレゴン州やフランスのブルゴーニュと比べても1カ月半ほど早く、生育期間が長いため、9月から11月が収穫時期となる。
質の良いぶどうを育てるには、ぶどうの樹の健康とストレスのバランスが大切だ。健康過ぎると果実は大きくなるものの、質が下がってしまう。サンタ・リタ・ヒルズでは休眠期間が短いことがぶどうの樹にとってストレスとなり、実や房の小さい、凝縮感のある果実が実る。
寒くて長い生育期間の弱点は、うどん粉病だ。チャド氏はヴィンヤードの担当者たちと一緒に、果実から葉を遠ざけて、日差しと風が果実の間を通るようにしている。霧が晴れた後、再び霧に覆われる前に吹く風が、夜の間にたまった湿気を乾かしてくれるのだという。
また、恵まれた太陽の日差しも、この土地のぶどう栽培に影響を与えている。午後になると海から流れてくる冷たい霧がエリアを覆い、翌朝の9時から10時ごろに晴れる。霧のない時間帯は肌寒いものの日差しに恵まれていて、温まった地面の放射熱を霧が閉じ込めるので、気温が下がり過ぎることはない。
メルヴィル・ワイナリーのヴィンヤード
メルヴィル・ワイナリーのヴィンヤードは、オークの樹が生えたなだらかな丘にある。
この地域は、古代は海の底だったことから、土壌はカルシウム分が高くて水はけが良いため、栄養があまり含まれていない珪藻土。写真からも土の軽さが伝わってきそうだ。
メルヴィル・ワイナリーでは、120エーカー(約48.5ha)の土地で3つの品種を育てている。
黄色がシャルドネ、濃い青がシラー、赤がピノ・ノワールのヴィンヤードだ。上部の2カ所を1996年と1997年に、下部のヴィンヤードを2006年に購入した。これらのヴィンヤードで栽培したぶどうのみを使用してワインをつくっている。
ヴィンヤードでは異なる土壌や標高に17のクローンを植えているが、アナズブロックはその中でも特別だという。アナズブロックは丘の斜面にある、5エーカー(約2ha)ほどの小さな区画で、ピノ・ノワールの2つのクローンが植えられている。土壌は比較的黒く、ローム(砂と粘土がほぼ同量含まれた風化堆積物)が多めで、果実はより小さくなる。斜面なので引力の影響も受けやすい。
アナズブロックのピノ・ノワールのみを使用したワインは、600ケースほど生産されている。
サンタ・リタ・ヒルズの気候が可能にする全房発酵
長い生育期間を経て、ぶどうの茎は緑から黄色や茶色に変わり、全房発酵に適した状態になるという。全房発酵とは、通常は発酵の前に取り除く茎を果実と一緒に発酵させて、ワインに茎の影響を加えること。メルヴィル・ワイナリーでは全ての赤ワインのうち、最低40%以上を全房発酵している。
全房発酵には、アロマを引き上げ、豊かな果実味をバランス良く整える効果や、茎に由来するはっきりとしたタンニンが、ワインにストラクチャーを与える効果がある。ただ、ピノ・ノワールのように皮の薄いデリケートな果実の場合、全房発酵をするとアスパラガスやブロッコリー、トマトのような野菜の風味が加わってしまうリスクがあるため、一部の生産者からは避けられているという。
メルヴィル・ワイナリーでは20年前に、より小さい果実と茎をつける早熟なクローンに変更した。果実をもっと前面に感じられる、カリフォルニアらしいワインができるクローンだが、全房発酵をすることで、より複雑で深みのある味わいやテクスチャーがワインに加わっている。
メルヴィル・ワイナリーを味わう4種のワイン
バーチャルツアーでは、ツアーの進行に合わせて、以下の4種のワインが紹介された。テイスティング・コメントは、チャド氏によるもの。
メルヴィル ピノ・ノワール エステート サンタ・リタ・ヒルズ 2015
できるだけピュアなワインにするため、新樽は使わずに15~25年以上使われている樽のみを使って熟成している。全房発酵率は40%。2015年は干ばつの最後の年で、ぶどうの樹にストレスがかかったことから、成熟が通常よりもかなり早かったという。
【テイスティング・コメント】
ブラックベリー、ブルーベリー、クランベリー、ザクロなどの赤い果実、全房発酵によりドライハーブや紅茶の香りが加わっている。ドライセージやのり、しょう油の香りもある。うま味のキャラクターが感じられ、ヴィンヤードに由来する味わいが楽しめるワインだ。
2015 MELVILLE PINOT NOIR, ESTATE STA. RITA HILLS
アルコール分:14.0%
品種:ピノ・ノワール100%
参考小売価格:7150円(税込)
メルヴィル ピノ・ノワール アナズブロック サンタ・リタ・ヒルズ 2016
色の濃さ、よりしっかりとしたタンニン、奥深さなど、ヴィンヤードの違いを堪能できる。全房発酵率は60%。干ばつから解放された2016年は、冬に雨が多く降ったため、土壌の塩分が流されて根に栄養や水分が供給され、ぶどうの樹にとって快適な状態で春を迎えた。
【テイスティング・ノート】
ストロベリーよりも熟したクランベリー、ザクロ、チェリー、ブルーベリーのような色の濃いフルーツ、豊かな紅茶の香りや風味があり、より奥深さが感じられる。鮮やかな酸味と強い凝縮感があり、バレリーナのような、しなやかな力強さを感じるワインだ。
2016 MELVILLE PINOT NOIR, ANNA’S BLOCK, STA. RITA HILLS
アルコール分:14.0%
品種:ピノ・ノワール100%
参考小売価格:1万450円(税込)
メルヴィル シラー エステート サンタ・リタ・ヒルズ 2015
シラーは、カリフォルニアの寒い地域ではあまり栽培されていない。サンタ・リタ・ヒルズでは、30エーカー(約12ha)ほどでしか栽培されておらず、そのうちの20エーカー(約8ha)がメルヴィル・ワイナリーのヴィンヤードだ。
シラーの房は実が密集しており、雨や湿気の影響を受けやすいため、ぶどうが色を付ける前に果実の半分を取り除いて、風を良く通し、日光が当たるようにしている。また、元気過ぎる品種なので、成長の勢いを落ち着かせるために最も砂質の土壌に植えている。
収穫は11月中旬で、フランスのローヌ地方やナパ・バレーよりもかなり遅い。
【テイスティング・ノート】
白コショウやラベンダー、黒オリーブなどのユニークな香りがあり、寒さがフレッシュな酸味を与えている。シラーは、ダークでジューシーかつ、リッチで豊かなタンニンを持つ筋肉質なワインになることが多いが、寒い地域のシラーらしい美しくてエレガントな味わいや特徴を引き出している。
2015 MELVILLE SYRAH, ESTATE STA. RITA HILLS
アルコール分:13.6%
品種:シラー100%
参考小売価格:7150円(税込)
メルヴィル シャルドネ エステート サンタ・リタ・ヒルズ 2016
寒いエリアから暑いエリアまで幅広く栽培できるシャルドネは、マロラクティック発酵(MLF)をして酸味をまろやかにしたり、新樽を使ったりと、いろいろな醸造手法が取り入れられる白いキャンバスのような品種だ。しかしこのワインにはマロラクティック発酵や新樽は使用せず、サンタ・リタ・ヒルズらしさを表現している。
【テイスティング・ノート】
ジャスミンなどの白い花やレモンの花の香り、さらにはカリフォルニアらしいパイナップルの香りがあって、サンタ・リタ・ヒルズのシャルドネらしさが感じられる。口にすると、鮮やかな酸味と果実の凝縮感、塩気が広がる。ミネラル豊かで海を感じさせ、塩辛いアロマがあり、クリーンではつらつとしていてピュアなワインだ。
2016 MELVILLE CHARDONNAY, ESTATE STA. RITA HILLS
アルコール分:14.0%
品種:シャルドネ100%
参考小売価格:5720円(税込)
特に高品質のピノ・ノワールとシャルドネが生み出されることで注目を集めている、サンタ・リタ・ヒルズ。味わう機会がなかったという方は、この地域のパイオニアの1つであり、ヴィンヤードを重視してテロワールを表現している、メルヴィル・ワイナリーのワインを手に取ってみてはいかがだろうか。