コラム

ワイン産業におけるサステナビリティとは? ③世界のワイナリーの取り組み ~メルシャン初のマスタークラス

メルシャンは2022年6月21日、初主催となるマスタークラス「sustainability masterclass~大橋健一マスター・オブ・ワインと紐解くサステナビリティの基本~」を開催した。 

講師を務めたのは、世界で最も権威のあるマスター・オブ・ワイン(Master of Wine:MW)の資格を持つ、大橋健一氏。連載3回目の本記事では、3つのワイナリーの取り組みについて紹介する。

各国ワイナリーの先進的な事例

メルシャンが取り扱う世界各地のワインには、サステナブルな取り組みにおいて、先進的な活動を行っているワイナリーが数多くある。

ブルゴーニュ地方における有機栽培のパイオニア、アルベール・ビショー

アルベール・ビショーは、フランス・ブルゴーニュ地方のワイナリーだ。

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イギリスで開催される「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(International Wine Challenge:IWC)」で赤・白とも「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、数々の華々しい受賞歴を持つ、高品質なワインのつくり手として知られる。ワイン業界でもサステナビリティは重視されているが、ワインは嗜好品のため、そもそもそれを語る前においしくないとニーズがない。その点、アルベール・ビショーはクオリティ面でも優れている。

自社でぶどう栽培から行うドメーヌと、購入したぶどうを使うネゴシアンを兼ね、ブルゴーニュの中では最も栽培面積のha数が大きい。大手企業と言えるつくり手だ。

1990年代前半から環境を保護し、生態系を維持する有機農法に取り組んでおり、認証も取得している。ブルゴーニュ地方に有機農法を持ち込んだパイオニアの1社でもある。

社会貢献にも積極的だ。ブルゴーニュ地方にはオスピス・ド・ボーヌという歴史的な建物があるが、ここはかつて慈善病院で、現在は大きなぶどう畑を持つ観光名所として知られている。オスピス・ド・ボーヌでは、所有するぶどう畑で収穫したぶどうから、何樽ものワインをつくっている。これをオークションにかけて、収益は全て医療貢献に使われる。そのオークションで最もロットを落とすのが、ネゴシアンとしてのアルベール・ビショーだ。つまり、地域の医療に最も貢献している生産者といえるだろう。

もともと多くのソムリエから評価が高いワイナリーだが、有機農法だけではなく、社会貢献をしている点からも注目の存在となっている。そして、オスピス・ド・ボーヌのチャリティーオークションのように、ワイン業界は倫理的な役割も果たせるということを知ってほしい。

サステナブルな活動でチリのワイン業界をけん引する、コンチャ・イ・トロ

コンチャ・イ・トロは、世界で2番目の規模を誇る、チリのワイナリー。2022年より、大橋氏が日本でのブランドコンサルタントを務めている。

チリワインはこの10年間、日本で最も消費されてきた。日本ではリーズナブルな点で需要が高いが、世界では“プレミアムチリ”と呼ばれ、高級なワインの産地として注目されている。

コンチャ・イ・トロは、プレミアムチリの先駆けとなり、あらゆる観点のSDGsを網羅している。非常に倫理的かつ社会的で、公共性が高く、ワイン業界をけん引する存在であることを、世界中のMWが認めている。

環境保全の取り組みでは、ウォーターフットプリント(製品の生産、消費、廃棄などに関わる水の消費量)について取り組みを行っている。

ワイン産地の中でもチリやアメリカ、オーストラリア、南アフリカでは、温暖化などの影響から山火事が多発していて、水の使用を抑えることが重要になっている。コンチャ・イ・トロは、環境への負荷を考慮し、2010~2020年までに水の消費量を10%削減する目標を掲げ、これを達成している。

さらに、2011~2021年までの10年間で、CO2排出量の50%削減に成功。B Corp(B Corporation)にも認証されている。B Corpは、アメリカの非営利団体B Labが、地球環境への配慮において存在価値がある企業と認めている国際的認証だ。

世界のワイン産業においても認証企業は少なく、業界問わず日本全体でもわずか13社だけしか認められていない(2022年6月現在)、非常に厳しい認証である。

先進的な取り組みで日本をリードする、シャトー・メルシャン

大橋氏は、2017年よりシャトー・メルシャンのブランドコンサルタントを務めている。ブランドコンサルタントを引き受ける上でモチベーションになったのが、シャトー・メルシャンのサステナブルなワインづくりへの積極的な取り組みと、そのワインの品質の高さだ。

シャトー・メルシャンは、1877年に民間初のワイナリー(大日本山梨葡萄酒会社)としてワインづくりを開始しており、日本のワイン産業の先駆けといえる。今では国内外のコンペティションで数多くの賞を受賞し、国内外の専門家からの評価も高く、クオリティ面で日本のワイン産業をけん引している。

生態系を守る取り組み

環境保全面でも、先進的な取り組みを行っている。2014年からキリングループが、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と共同で耕作放棄地の研究を行い、耕作放棄地をぶどう畑にすると、生態系が豊かに戻ることを科学的に証明した。

これをきっかけに、長野県や山形県、山梨県などの市町村でも大きな動きが始まっている。その一例として、長野県東御市では、荒廃農地を活用してぶどう畑にする「ワイン用ぶどう団地」事業が始まっている。

また、同県にあるシャトー・メルシャン 椀子(マリコ)ヴィンヤードでは、長野県の一部にしか生息しない絶滅危惧種の蝶「オオルリシジミ」が見られることが調査で分かった。そこで、幼虫の餌になる植物を植えることによって生息数を増やす取り組みを行っている。

さらに、シャトー・メルシャンの3つのワイナリーでは、太陽光や水力発電などを活用し、購入する電力を100%再生可能エネルギーにする取り組みを開始している。

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ぶどう産地や食育を支援

社会貢献としては、シルバー人材や障がい者に有償でぶどう栽培を手伝ってもらうなど、人材と農業の両方向から支援を行っている。

また、東日本大震災後には、被害を受けたぶどう産地の福島県新鶴地区や秋田県大森地区の生産農家に対し、資金援助を行った。2018年からは、日本ワイン事業の発展に向けたドネーション企画を毎年行っている。

他にもシャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤードでは、近隣の小学校の児童たちに一部の農地を貸し出し、野菜やそばを栽培している。採れた野菜は児童たちが給食で食べるなど、食育にもつながる仕組みだ。

サステナブルな取り組みを行う、各国のワイナリー。ワインを味わいながら、そのワインがどのようにつくられたのか、ぜひ思いを馳せてみてほしい。また、ワイン業界に関わる人にとっても、こうした取り組みを知ることは、今後の商品戦略に役立つ要素の1つになり得る。大橋氏は、「今回のマスタークラスが、ワイン業界のサステナビリティ促進の一助になれば」と語った。

次回は、本記事で紹介したワイナリーのワインを、大橋氏のテイスティングコメントとともに紹介する。

【メルシャン初のマスタークラス】
ワイン産業におけるサステナビリティとは? ①課題提起
ワイン産業におけるサステナビリティとは? ②現状把握と今後の取り組み

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About the author /  大江 有起
大江 有起

コピーライター、雑誌の編集者などを色々経てフリーライターに。文章を書くことと、赤玉スイートワインや貴腐ワインのような甘いワインが好きです。 ワインバザールさんにてワインに興味を持ち、一般社団法人日本ソムリエ協会ワイン検定シルバー取得しました