コラム

覚えておきたいフランス・シャンパーニュのつくり手5選 ~解説:シャンパーニュ一押しメゾン

華やかさと繊細な泡、芳醇な香りで人々を魅了し、世界中で愛飲されているシャンパーニュ。この名で呼べるのは、フランスの北東部シャンパーニュ地方の限られた地域と特定の製法で生産したスパークリングワインだけだ。

2015年には「シャンパーニュの丘陵、メゾンとカーヴ」が世界遺産に登録され、近年ますます注目されているワイン生産地である。

シャンパーニュの主なつくり手

シャンパーニュ地方には、どのようなつくり手がいるのだろうか。これまでワインバザールで紹介してきたつくり手たちをあらためてご紹介しよう。

ルイ・ロデレール

アメリカ独立宣言が採択された1776年に設立され、代々、家族経営を貫くメゾン。ルイ・ロデレール氏が当主となった1833年から現在の名になり、自社栽培から一貫したワインづくりを始めた。それ以来、単一年のぶどうでつくるヴィンテージワインである「ミレジメ」には、自社畑で採れたぶどうを100%使用している。

畑は、特級畑のグラン・クリュか1級畑のプルミエ・クリュ。区画ごとに異なる環境や土壌を考慮して栽培し、手摘みによる収穫やタンク醸造も区画ごとに行っている。それぞれの特徴を引き出し、巧みにブレンドすることにより、高品質のシャンパーニュをつくり出している。

国内外での評価も高く、2013年にワイン専門誌『La Revue du vin de France』でシャンパーニュのメゾンランキング1位を獲得するなど、数々の名誉ある賞を受賞。さまざまな場面において「NO.1」シャンパーニュの評価を得てきた。

看板商品は、良質なぶどうを収穫できた年にだけ生産される、プレステージ・シャンパーニュの「クリスタル」。ロシア皇帝アレクサンドル2世も愛飲し、世界的に有名なシャンパーニュとなった。また、複数年のぶどうをブレンドした「ブリュット・プルミエ」、シャンパーニュでは一般的な補糖(ドサージュ)をしないで仕上げる「ブリュット・ナチュール」も産している。

クリュッグ

1843年に、ドイツからの移民ヨーゼフ・クリュッグ氏が始めたメゾン。現在の6代目当主を務めるオリヴィエ・クリュッグ氏は、自ら日本を回り、その名を広めた熱心な親日家でもある。

クリュッグは「シャンパーニュの帝王」ともいわれ、クリュッグしか飲まない「クリュギスト」と呼ばれる愛好家がいるのが特徴だ。著名人にも広く愛され、デザイナーのココ・シャネル、文豪アーネスト・ヘミングウェイ、オペラ歌手のマリア・カラスが世界3大クリュギストと評される。

さらに、世界各国でクリュッグのシャンパーニュとそれに合う料理を出すイベント「クリュッグフェスティバル」も開催されており、世界中に熱心なファンが存在している。

クリュッグは、100種類以上に及ぶ年代の異なるワインを調合し、長期熟成する独自製法「クリュッグ グランド・キュヴェ」を確立させた。こうしてつくられたワインは「マルチ・ヴィンテージ」と呼ばれ、1999年のモエ ヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)との合併以降も、クリュッグ家の下、この伝統の製法を守り続けている。

この製法により、およそ7年間の熟成期間を経て出荷される「グランド・キュヴェ」が最もポピュラーかつクリュッグのスタンダードとされる。他には、いわゆる“当たり年”にしか製造されない「ヴィンテージ」、ベースのワインに、シャンパーニュで醸造された赤ワインを調合した「ロゼ」も産している。

ペリエ・ジュエ

1811年の設立以来、200年にわたり美しいデザインのボトルで人々を魅了し続けているメゾン。1902年に、装飾様式アール・ヌーヴォーの立役者であるガラス工芸家のエミール・ガレ氏が初めてデザインを手掛けた。

ボトルの芸術性だけではなく、シャンパーニュ自体の質も定評がある。栽培する土地にこだわり、所有する畑の90%以上が特級畑のグラン・クリュ。製造では、最高醸造責任者がかじを取っているが、これまでその役割を担ったのは200年の歴史の中でわずか7人だ。現在は7代目であるエルヴェ・デシャン氏が、伝統を守りながらペリエ・ジュエならではの個性を引き出している。

ペリエ・ジュエは、1800年代にはなかった辛口のシャンパーニュを初めて製造した先駆者でもある。糖分添加量を10分の1程度まで減らし、シャンパーニュを食前酒として選べるように改良したことにより、その名をさらに広めていった。

世界初の辛口シャンパーニュである「ペリエ・ジュエ グラン・ブリュット」は、2015年に、世界規模で開催される「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(International Wine & Spirit Competition:IWSC)」で金賞を受賞した。また、芸術性が高いボトルの「ベルエポック」、フランスの勲章を意味する名前の「ブラゾン・ロゼ」などがある。

モエ・エ・シャンドン

1743年に誕生したモエ・エ・シャンドン。初代クロード・モネ氏が「シャンパーニュを世界最高のワインにする」と宣言したとおり、当時のフランス国王ルイ15世が愛飲し、フランス王室の御用達となった。

さらには、フランス皇帝ナポレオン1世や、イギリスのヴィクトリア女王までとりこに。ナポレオン1世は、3代目当主のジャン・レミー・モエ氏に勲章を授与した。

現代においても、1980年代から1999年までF1の公式シャンパーニュとして愛され、レースの勝利者が泡を掛け合う「シャンパンファイト」に初めて使われたとされている。

そんな華々しい経歴のモエ・エ・シャンドンが擁するにふさわしいブランド「ドン・ペリニヨン」は、シャンパーニュの中でも最高級品として有名だ。最高峰の「プレステージ」に分類されており、品質だけではなく生産量もトップクラスで、年間数十万ケースを出荷しているともいわれている。

ナポレオン生誕100周年につくられた「モエ・アンペリアル」は、「IWSR Report 2016」において、シャンパンカテゴリーで世界売り上げ1位にもなった看板商品で、最低15カ月程度とされる熟成期間より長い24カ月をかけて長期熟成させている。

他にも、シャンパーニュ全体の生産量のうち、わずか5%しかつくられない貴重な「ロゼ・アンペリアル」、優れたぶどうが採れた年のみ生産され熟成期間が長い「グラン・ヴィンテージ」もある。

ジャニソン・バラドン

1922年にジャニソン家とバラドン家の結婚をきっかけに創業し、現在の名前になる。2004年に、シリル・ジャニソン氏が弟のマクサンス・ジャニソン氏とともに継いで、5代目当主となった。

シリル氏はブルゴーニュで6年間修業し、ワインについて学んだ手法をシャンパーニュづくりに生かした。30年以上の古樹から採れるぶどうへのこだわり、単一品種・単一区画・単一ミレジム(ヴィンテージ)のワインづくり、小樽を使った発酵・熟成などがそれに当たる。他にも、完全無農薬栽培や、天敵で害虫を寄せ付けないようにするリュット・アンテグレ(総合防除農法)などの最先端のワインづくりを行っている。

シリル氏への注目は高まり、フランスのワイン専門誌『l’amateur de Bordeaux』において、「シャンパーニュの未来を担う若手ヴィニュロン」8人のうちの1人として紹介された。ヴィニュロンとはぶどう栽培からワイン醸造までを手掛けるつくり手のことだ。

シリル氏は家族も大切にしており、「ヴァンドウィル」は大好きだった祖母の名前から名付けたシャンパーニュだ。印象的なハート型のエチケットは家族愛を表している。

他にも、樹齢55年以上のシャルドネを100%使用した「トゥレット」、ドサージュを行わない「ノン・ドゼ」をいち早く発売した。

シャンパーニュの特徴

シャンパーニュ地方は、フランスの北東部に位置し、パリから約150㎞離れた場所にあるフランス最北のワイン生産地だ。1927年の法律で定められた生産地域は約3万4000haとされ、「シャンパーニュ」を名乗ることができるのは、シャンパーニュ地方の中でもこれらの限られた地域で栽培、収穫された特定の品種のぶどうを用いて、シャンパーニュ製法と呼ばれる伝統的な製法で醸造されたものだけだ。

シャンパーニュのぶどう栽培地は、北部のモンターニュ・ド・ランス、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ、コート・デ・ブランの3つの地区を中心としている。それに南部のコート・セザンヌとコート・デ・バールの2地区が加わり、それぞれのテロワールの特性を生かしたぶどう栽培を行っている。

シャンパーニュ地方の平均気温は11℃で、生育期でも平均気温は16℃前後だ。冷涼であり、ぶどう栽培には厳しい環境であるが、酸味とミネラル分の強いぶどうを育てる石灰質の土壌と相まって、シャンパーニュ独特のシャープな酸味とキレを生み出しているといえる。

また、全ての栽培地はシャンパーニュ地方独自の格付けがされており、以前は村ごとに畑から取れるぶどうの品質によって毎年格付けされ、ぶどうの取引価格が決まっていた。現在は自由取引になっているが品質基準の指標として残っており、90~100%が最上級の格付けとされている。100%格付けされた村の畑が「グラン・クリュ」(特級)、90~99%の村の畑は「ブルミエ・クリュ」(1級)と呼ばれ、格付けをラベルに表示することが認められる。

シャンパーニュに使用される品種は7種類あるが、主要品種はシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエの3つで、全栽培面積のうち約99.7%を占めている。白ぶどうのシャルドネのみでつくられたブラン・ド・ブラン、黒ぶどうのピノ・ノワールやムニエのみでつくったものはブラン・ド・ノワールと呼ばれる。

これらのぶどうを圧縮し醸造してできたスティルワインを、品種や収穫場所、収穫年の違うもので組み合わせる。それに糖分と酵母を加え瓶内で二次発酵させるのが、伝統的なシャンパーニュ製法と呼ばれるものだ。その後、澱を除去するデゴルジュマンや、リキュールで糖を添加するドサージュなどの複数の工程を経て、芳醇な香りときめ細かな泡のシャンパーニュをつくり出している。

シャンパーニュの歴史

「シャンパーニュ」という地名は、古いフランス語で「田舎」、あるいはラテン語で「開けた土地」を意味する言葉に由来するとされる。この地がローマ帝国の領土だった頃の名残で、紀元直後からローマ人がぶどう栽培を行い、ワインづくりを始めたとされている。ローマ人は、この地の白い石灰岩を採掘して建設に利用していたが、採掘跡の白亜の洞窟は、現在もシャンパーニュのセラーとして使われている。

中世になると、修道院によってぶどう畑が広げられていき、ワインづくりが盛んになったが、この頃はまだ発泡性ではないスティルワインだった。シャンパーニュ地方の中心都市であるランスでは、ノートルダム大聖堂でフランス国王の戴冠式が行われる際にワインが捧げられることが慣例になり、シャンパーニュ地方のワインは聖なるものとして扱われていた。

1600年代後半には、修道院の酒庫係だったドン・ピエール・ペリニヨンがワインを発泡性にする製法を確立させ、食品保管担当の修道士らの一部が、それまでも自然と行われていた複数年のワインをブレンドする調合方法を正確な技術(アッサンブラージュ)として確立して、ワインの名称も「シャンパーニュ」と呼ばれるようになった。現在のシャンパーニュ製法の誕生である。

1728年に瓶詰めワインの輸送が許可されると、国内外でシャンパーニュの魅力は広まっていった。フランス王宮内では「コルクの飛び出すワイン」と呼ばれ、その華やかな特徴が好まれて大流行したという。

1800年代には技術革新が行われ、手作業で行っていた工程を機械で効率化できるようになると、品質も向上していった。ヴーヴ・クリコ考案の澱下げ台(動瓶台)「ピュピートル」により、にごりのない透明なシャンパーニュをつくれるようになり、シャンパーニュメゾンのジャクソンはコルク栓を押さえる針金製の留め金「ミュズレ」を発明した。こうして徐々に現在のシャンパーニュの形へと発展を遂げていった。

1900年代に入ると、シャンパーニュの産地などを規定する原産地統制呼称(AOC)制度が制定された。この頃、国内外でシャンパーニュの呼称を無断使用した製品が出回っていたため、その規制が行われたのだ。生産地域を厳格に定め、それ以外でつくられたワインは、シャンパーニュと名乗れないようになった。こうしてシャンパーニュは、高い格式とブランド性を保ってきた。

2015年7月4日には14の拠点が「シャンパーニュの丘陵、メゾンとカーヴ」としてユネスコの世界遺産に登録され、シャンパーニュを長年つくり続けてきた生産者たちにとって、最高の名誉となった。

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About the author /  大江 有起
大江 有起

コピーライター、雑誌の編集者などを色々経てフリーライターに。文章を書くことと、赤玉スイートワインや貴腐ワインのような甘いワインが好きです。