ロシアワインというと、社会主義政権解体後に別れた共和国のワインが含まれることも多いが、主にロシア南部で生産されたワインを指す。スティル、スパークリング、デザートまで様々なタイプがあり、主に甘口のワインが生産される。
歴史は古く古代ギリシャとの交易用にブドウが栽培されており、原種のブドウはカスピ海や黒海、アゾフ海の周囲で数千年前からあったとされる。西南の北コーカサス地方に、ロシアのほとんどのワイン産地がある。気候は大陸性の典型で、厳しい冬を乗り切るためにブドウの木は土に埋めて霜を防ぐ。
現在では100種に及ぶワイン用ブドウが栽培されている。中でもルカツィテリという白ブドウ品種は45%を占めている。他にも、白はアリゴテ、クレレット・ブランシュ、リースリング、赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ミュスカ、ピノ・グリなどが栽培されている。近年ロシアの古来種などについてブドウ品種によって分けられる原産地呼称が導入されている。
社会主義政権解体前はスペインと世界第2位の座を争う栽培面積を誇っていたが、現在は減少しており、2000年のブドウ耕作地は1980年代初頭の半分以下である。
19世紀にロシア近代ワイン産業の祖レオ・ガリツィンがクリミア半島にシャンパンワイン工場を建設した。19世紀後半は数年に渡りフィロキセラの害により壊滅状態であったにも関わらず、1889年にこのワイナリーはパリ万博のスパークリングワイン部門で金賞を受賞した。’91年に、ガリツィンはアブラウ・ジュルソの帝国領ブドウ畑の測量者に任命された。このブドウ畑では「ソヴィエト・シャンパン」ブランド、あるいは「人民のシャンパン」として知られるスパークリングワインが20世紀を通じて生産された。(2011年にこのブランド名は廃止された)
1917年のロシア革命の後、フランスワインの専門家はロシアを脱出したが、’20年以降ワイン産業は徐々に安定を取り戻し、’30年代、ワインの発祥の地とされるコーカサス出身のスターリンは、これを後押しした。貴族向けだったワインを国民向けにすべく工夫がされたが、当時のワインは酸味が強すぎるなどの欠点があったため、これを補うためにぶどう糖やエチル・アルコールを加えた甘口ワインが造られるようになった。この技術は今なお広く採用されている。こうした背景から、ロシアでは辛口ワインは酸味があると考えられ好まれず、今日販売されているワインの80%は甘口である。
‘85年ゴルバチョフ書記長がペレストロイカの一環として酒類の生産制限・価格引き上げを行ったことでワイン産業は衰退したが、’91年ソヴィエト崩壊後、市場は開放され、ブドウ畑は改めて耕された。